第百八十五話
<プルツー>
「若いナンバーは無理にファンネルの数を増やすな。隊列を乱さず、不安に思う者、恐怖に押しつぶされそうな者は声を出せ。姉妹を信じろ」
実戦を経験していない若い姉妹達から不安や恐怖を感じ取り、声に力を込める。
本来物理的に届かない声、しかし私達なら間違いなく、届くのだ。それが私達の存在意義であり、父——ゴホン、アレン博士が与えてくれたものなのだから。
そして、姉妹達の動揺は落ち着きをいくらか取り戻し、それぞれが声を掛け合いが始まったことに一安心する。
初陣は誰でもこのようなものだ。唯一の例外があるとすれば父様だろう。あの父様なら戦場に立つことぐらい兵器な顔……平気な顔をしているに違いない。(実際のところは全身筋肉痛で大変な目にあっていた)
『いやあぁ!!』
突然激しい感情が流れ込んできた。
目の前にいるジム・クゥエルを切り裂いて視線をやると1機のキュベレイが孤立し、腕がフレキシブル・バインダー(立派な肩のこと)ごと吹き飛んでいる光景が目に入る。
近くにいた姉妹が慌ててカバーに入り、敵が下がっていくのを見て息を吐き、つい小さく舌打ちをしてしまう。
「あのリック・ディアスか」
先程から嫌な動きをする奴だ。
ニュータイプではないのは感覚でわかる。しかし、だからといって舐めてはいけない相手だ。
先程から自身の仲間を囮にして上位ナンバーとの戦いを避け、どうやって見極めているのかは知らないが若いナンバーを集中的に狙っている節がある。
敵の数が減ってきたのでそろそろ動きに変化が出るだろう……いや、逃げ出せぬように敵艦を沈めておこう。
私が狙っていることに気づいたようでサラミス級2隻の砲台がこちらに集中するが、その程度で父様が作ったこのストラティオティスが落ちるわけがない。
「大人しく父様の手土産となれ!」
……よし、艦首と動力を抜けた。さすが私。さすがストラティオティス。さすが父様。
ただ、私は不覚にも、この一撃で海賊達が逃げ場を失い、死兵となって抵抗してくることまでは想像できていなかった。
今までも必死さが伝わっては来ていたが、そこからの気迫はそれまでとは明らかに違っていた。
何が何でも生きてみせる、死んでたまるか、殺す、仇を取ると言った感情が強く感じる。ただ、臆病風に吹かれた者がいないのは少し感心した。だからと言って私達が負けるわけではない。
敵の半数を落とした段階で1番厄介だったリック・ディアスを上位メンバーで袋叩きにして撃破してからはあっと言う間に掃討を完了した。
戦死者がなかったとはいえ、キュベレイが中破3、小破6という目も当てられない被害を出している。
「やはり父様に甘えすぎていたようだな」
自分も含めて守りの意識が薄すぎる。
これから護衛任務を始めるのだから私自身や姉妹だけではなく、足手まといな護衛対象までいるのだから、このような意識は改善していかなくてはならない。
「これは改めて特訓しなくては」
外にいる海賊の掃討は終了した。しかし、まだ仕事は終わっていない。
これから小惑星に作られた根城を制圧に取り掛かる。
この小惑星は一年戦争前にジオンが採掘のために用意したものだということは調べがついている。
そして一年戦争終了時にジオンからも連邦からも忘れ去られた存在である。そこに海賊が住み着いたようなのだが——
「明らかに海賊が用意できる施設ではない」
父様はトラブルの素となるから余計な詮索はしないようにと言われているが、明らかに海賊の後ろにはそれなり以上の力を持った誰かがいるんは間違いないだろう。
外から見るだけでそれがハッキリとわかるほど、海賊達の根城の施設はしっかりしていた。
「……昔の私達より良い生活環境なのは間違いない」
海賊のくせに。
それはともかく、ある意味ここからはMS戦などよりずっと危険な戦いとなる。
今から行われるのは生身の白兵戦、しかも地は相手の有利な領域、罠なども想定する必要がある。
死者が出てもおかしくはない。
「引き締めて掛かるぞ」
「「「はい」」」