第百八十八話
とりあえず、海賊退治は無事終了。
家に帰るまでが海賊退治ではあるが、さすがに帰路では何もないだろう。
何より戦艦のクルーに至るまでがニュータイプで構成されている部隊に奇襲など不可能であるため不意を突かれて全滅などということはない。
不意のコロニーレーザーやソーラシステムですら回避可能だ。……どちらかというと動かすのに時間が掛かるミソロギアの方が危ういぐらいだ。
「これでとりあえず航路の治安維持ができるな」
これで私を起点としていない収入が増えることになり、研究する時間が増えることにもなる。
そういえば、今回は負傷者が少し多いようだ。
実戦経験がないプルシリーズにとってはMS戦以上にプレッシャーとなった生身による白兵戦は混乱を招き、ほとんどは同士討ちによって負傷したことがわかっている。
確かに触手が入り乱れる戦場というのは銃弾が飛び交うものよりも立ち回りが難しい。銃弾は点だが触手は線であるから仕方ないのだが。
それも私がいるならば即時治療も可能であるが、それをしては意味がない。
「戦闘中はともかく、航行中に治療できるように何か開発しておくべきか」
というか、なぜ思い至らなかったのか。
治療キットのような応急処置ではなく、本格的な治療を可能とする……少なくとも私の下へ連れ帰るまで命を繋ぐための何かを用意すべきだ。
まず最初に思いついたのはコールドスリープ、これは治療ではなく、延命処置でしかないが時間を稼ぐという意味ではある意味完成している。
ただし、コールドはともかくスリープの状態にすることができるのか、体力が落ちている場合は特に難しそうだ。
続いて思い浮かぶのは私が直々に遠距離から触手で治療を施すこと。
しかし、これは通常の通信手段だとミノフスキー粒子によって阻まれるのはわかりきっており、レーザー通信では安定しない。そして本命であるサイコミュだが……また私の研究時間が削れるので却下だ。本当に緊急なものなら吝かではないが、内臓破裂程度のことで一々私の手を煩わされるのは面倒だ。
となると、やはり全自動治療ユニットとなるか?いや、それともプルシリーズに知識を……今からでは時間が掛かるな。
「まどろっこしいことは考えずに首からしたを総入れ替えできるようにするか?」
「またろくでもないことを考えてるでしょ」
「今の台詞をなぜろくでもないことと言えるのか」
「むしろどこからどう聞いてもろくでもないことよ!」
全く、これだから凡人は……。
などと考えているとミソロギアに帰還した。
今は溜まりに溜まった仕事を処理している。特に私がいない間に何かトラブルがなかったか、などを重点的に見たが、至って平和であったようだ。
「むしろアレンさんがいる方がトラブルは多いですからね」
とはスミレの言葉である。解せぬ。
さて、とりあえず他の研究は放置して治療ユニットの開発に着手した。
プルシリーズはクローンであるために消耗品扱いでも心情を除けば問題ないが、やはり教育に時間が掛かるというのはデメリットであるし、前線の戦力が欠けるというのは見過ごすことができない。
ちなみに首から下の予備の身体を用意して取り替える案は没となった。
まず、予備の身体の保存するのに手間が掛かり、保管しておく容積も必要。そして何より頭を取り替えるなどという手術ができるのは私ぐらいしかいないのだ。
クローンであることを活かした良い手段だと思ったのだがな。
ああ、そういえばカミーユ達が私達に少し遅れて帰還して報告に来たのだが、生で視ていた私としては面倒であっただけであったが、本人達はやり遂げたという表情をしていたので空気を読み、いらないことは言わないでおいた。
なぜかプルツーだけが残り——
「父様は過保護ですね」
と言ってきた。
気づかれていたか?いや、そのような気配はなかった。
カマを掛けているのか。
「なんのことだ」
「やはりそうでしたか、微かに父様の気配を感じていたのですが……それに父様がいきなり放任するとは思っていませんでしたし」
「ふっ」
プルツーの成長に褒美として頭を撫でると、「と、父様?!」と顔を赤くしてあわあわと慌てる姿は日頃のクールさとはギャップがある。
普通の男ならこういうところに惚れたり惹かれたりするのだろう。
「プルツーにはそろそろ名を与えてやるべきか」
「……嬉しいですが、それは遠慮しておきます」
意外な言葉に少し驚く、なぜかと問い返すと——
「私は他の姉妹より重職についているという自負があります。しかし、それゆえに妬まれているというのも自覚しています。ですからこれ以上の優遇は今、必要ありません」
なるほど、私が軽率であったか。