第二百話
「駄目よお兄ちゃん!」
「これでリィナを山の手の学校どころかもっといい学校に行かせられるんだ。それにもっと楽な生活ができるんだぞ!出稼ぎに行ってる親父やお袋と一緒に生活できる!」
「でも絶対何かあるよ!だって留年した不良学生にそんなお金出すなんて絶対普通の仕事じゃないよ!」
ジュドー・アーシタとリィナ・アーシタは今、人生の岐路に立っている。
大金と高待遇を目にチラつかされ、兄は妹のためにと食いつこうと、妹は明らかに罠であると兄を説得する光景だ。
さり気なく兄をディスっている気がするがそれは自身のためであることは百も承知であるが、それでも言っておかなければならないことだと心を鬼にしてディスる。
そんな兄妹の会話?喧嘩?を暖かく眺める交渉人、カミーユとプルツーの2人はジュドーが釣られそうになっていることに少なからず心配し、リィナの現実的な意見に感心と安心をしていた。
誘っている立場である2人ではあるが正直に言えばあまり乗り気ではない。
カミーユは自分が属しているのは健全とは程遠い組織なのは自他ともに認めるところであり、何よりアナハイム(と地球連邦の軍閥)と冷戦状態なため、この貧困であるが温かみある家族を巻き込むのは気が引けていた。
プルツーはもっと単純で、ただただ嫉妬というかアレンを独占できる時間が短くなるためで乗り気ではない。最近はアナハイムとの対決に備えて研究に多くの時間を割いているのでその思いは積もりに積もっているのだ。
「……ビーチャさん達はどうなの?一緒に誘われてるって言ってたけど」
「ビーチャとモンドは乗り気だったな。エルはこいつらのことをもっと調べてみるってさ。イーノはエルの情報収集次第って言ってたけどあまり乗り気じゃないみたいだった」
ビーチャとモンドは目の前の金に目が眩み、エルとイーノは不良グループではあるが比較的常識人であるため即答を避け、保留とした。
「ところでその……お兄ちゃんがその……ニュータイプっていうのは本当なんですか?」
ニュータイプの存在は貧困コロニーでも知られるぐらいには有名になっていた。
その理由はエゥーゴが、代表であるクワトロ、一年戦争からの連邦の英雄アムロ、そしてグリプス戦役で活躍したカミーユなどをニュータイプとして喧伝し、求心力としようとした結果である。
もっとも、カミーユはアレンに引き抜かれたことで目論見は若干外れてしまったが。
「それは間違いない。ジュドー君も俺やプルツーを感じるだろう?」
「ああ、2人から強い……なんだろう……圧力?感情?みたいなものを感じる」
「それに妹御の方にも素質があるように思う」(不本意ながらな)
「え、私にも、ですか」
例え自分が独占できる時間が少なくなる可能性があるとはいえ、仕事は仕事。私情を交えて意に粗ぐわぬことをしたとアレンに知られて失望されたらと思うと手を抜くことができないプルツーであった。
「いや、でもリィナからはそんな感覚は……」
「父上……ミソロギア(組織名が無いためコロニーの名前をそのまま使っている)の責任者であり、貴方達を見出し、ニュータイプ研究の先駆者でもあるアレン博士の見解ではニュータイプの感応は身近にいればいるほど親和性が強くなり、波長も類似することが判明しており、それによってニュータイプ同士でも身近な存在であった場合、生活習慣や癖、思考の類似性などを及ぼし、精神的障壁を引き下げることとなり、そして——」
「プルツー、そんなに細かい説明は必要ないと思うぞ」
一瞬、むっ、としたプルツーだったが明らかにジュドーの理解が追いつかなくなってきているようだったので今までの説明をもっと単純化させるように思考を巡らす。
「…………パーソナルスペースを許している者ほどニュータイプ能力が鈍化するということだ」
細かく言えば違うところが多々あるが、自分なりによくまとめた、とプルツーは思った。だが——
「パーソナルスペース?」
あれ?これでも駄目だった?と、思ったより人にものを教えるというのは難しいのかも知れないと改めてプルツーは思った。
プルツーもプルシリーズ内では年長組であり、幼年組を教育した経験は多い。しかしプルシリーズは遺伝子が同じだけあって効率の良い育成マニュアルが作られている。つまり、自身が覚えた方法を教えればだいたいはすんなり覚えるのでアレンも最初の教育以外は本来の教育よりはかなり簡単であった。そして唯一の外部編入組であるカミーユ達は教える対象でもなかったので今まで気づくことがなかったのだ。
その思いがカミーユにも伝わったらしく苦笑いをしている。
プルツーの経験は歪であることをカミーユは知っている。だからこそこういう普通の姿を見ると少し嬉しく、安心する。彼女もまた、普通の人間なのだと。
「なるほど」
と、リィナは納得したように頷いている。
兄は理解ができないようだが妹は理解できているようだ。兄の面目は大丈夫だろうか。