第二百三話
翌日、カミーユから連絡が来た。
「どうやらジュドー達のことをアナハイムが嗅ぎ付けたみたいだ。今、プルツーも同席して話をしている」
プルツーではなく、カミーユが連絡してきたのはジュドー達の護衛を兼ねてのことか。
私達に攻撃を仕掛けてきているアナハイムに信用するのは愚の骨頂、もしかするとジュドー達を強引な手段……拉致などを行う可能性があることを危惧しての判断だろう。
カミーユでは肉弾戦では訓練をしていて、他の軍人などよりは強いが、多勢にはあまり役に立たない……というのは酷というものか。むしろプルツーの戦闘能力は完全武装の歩兵100人以上に匹敵する方が一般的には異常なのだ。
「犯罪行為が行われるようなことがあった場合、それ相応の対応をして構わない……などというのは愚問だな」
「さすがに目の前で子供を誘拐するなんて奴らを見過ごすなんて組織に属した覚えはないからな」
善意ではないのだが、これは黙っておこう。
ジュドー達に恩を着せ、更にアナハイムに悪印象を与えられたら尚良し、それに今の段階でアナハイムが本気で私達と戦うつもりはまずありえない。せめてクィン・マンサの攻略の糸口を見つけるまではないだろう。
ちなみに忘れているかもしれないがクィン・マンサは戦闘時間が45分という縛りがあることが弱点である。
まぁキュベレイ・ストラティオティスは戦闘時間1時間、機体に無理をさせれば1時間30分と改善されているから問題はないがな。
「私達自身も随分犯罪者よりな組織なのだがな」
「それはそれ、これはこれ、だ」
ここでダブルスタンダードか、なかなかカミーユも染まったな。フォウやファに怒られそうな案件だな。
「それにしてもアナハイムか……こちらを徹底マークしているな」
「襲撃も防げている内はいいけど、さすがに頻度が増えるとなるときついぞ」
カミーユが懸念しているのは先日正式に犯罪者共を皆殺しではなく、降伏してきた者、無力化してきた者を捕虜とし、引き渡すことになったことだ。
これからアナハイム一派はMSの損失こそあるもののパイロットの損失は最小限になるだろう。そうなると私達に再び銃口が向けられるのは明白。
私としてはプルシリーズの訓練になるし、戦闘データも手に入り、鹵獲機が増えるボーナスタイムと言えるのだが、直接殺意を向けられるカミーユ達にとっては文字通り死活問題だろう。
「そこは頑張れとしか……いや、サプ——」
「要件は以上だ」
逃げたな。
というかこのやり取りは2度目だったな。細かくは違うが
「アナハイムなんて大企業が声を掛けてくれたんだからそっちでいいじゃないか」
イーノの少し大きくなった声が響く。
彼は仲間の内では裕福な家庭で育っているため、いらぬリスクより安定を求めていた。
「でもよー。ミソロギア?だっけ?の待遇より悪いぜ」
「そうだそうだ。それにさ、先に声かけてもらったのはあっちなんだぜ」
ビーチャが目先の欲に釣られるような発言し、そしてモンドも追随するように声を上げる。
ジュドー達は今まで多少の意見の対立があったし、喧嘩はあった。しかし今回はこれからの人生が掛かる大きな選択であることを誰もが理解し、いつも以上に遠慮や配慮をすることなく発言している。
「エルはどう思う?やっぱりアナハイムの方がいいよね?!」
数の力を感じたイーノは味方を増やそうとエルに話を振る。しかも、自分の意見に賛成だと言わせるような言い方で。
「んー……私はアレンさんの方が好みかなー」
「え、エルってショタ——」
「そういう意味じゃないから!」
アレンと通信越しではあるが直接話すことができ、満足が行く説明を受けることができたとエルは思っている。
「だって間違いなくアレンさんはほとんど本音だったわよ?私達より大人なのにずっと子供っぽかったわ。色々付き合うのは大変そうだけど……私達が知ってる大人にならなくても済むかも」
シャングリラに住むジュドー達の周りにはいい大人というのは少ない。
それはシャングリラ自体がスラム街のようなものであることが主な要因である。そんな大人達を反面教師とし、不良と呼ばれようが本当の意味で汚い、つまらない大人にはなりたくないとエルは思っていた。
その思いはエル1人の思いではなかった。
「だよな!俺もそう思ってたんだ!絶対アナハイムに就職してもつまらないって!」
「ミソロギアって組織も不安だけどさ。少なくとも堅苦しくはないと思うんだ」
エルが自分達と同意見であることに勢いを感じたのかビーチャとモンドが声を出す。
さすがに大企業のスカウトとなればエルの意見も変わるだろうと思っていたイーノはかなり焦り、リーダーはビーチャだが、ムードメーカーであるジュドーが意見を翻せば逆転の目があると視線を向ける。
その視線に応えるようにジュドーが言葉を発する。
「俺もミソロギアにしたいと思ってる」
「なんでだよ!アナハイムはミソロギアほどじゃないにして普通じゃありえない高待遇を用意してくれてるよ!」
「ああ、確かにリィナの学校も世話をしてくれるって言ってたな」
「だったら——」
「でも、俺はあのスカウトが信用できない」
それはアナハイムのスカウトはニュータイプに関して懐疑的であり、たかが不良少年達をこれほどの高待遇を出すのが不満であったことが原因である。
だが、スカウトもプロである。その不満は決して表に出ることはなく、通常であれば問題はなかった。
しかし、今回に限っては仇となってしまう。
通信越しにアレンが共鳴を行ったことでジュドーやリィナ、エルやイーノはニュータイプとしてレベルが上がり、今まで以上に他人の感情に敏感となり、その結果、スカウトのそれを感じとってしまった。
ビーチャとモンドは少し気に入らない程度にしか感じなかったが、それでもいい印象とは言えなかった。
「でも、それはあの人がそうだっただけで……」
「そうかもしれないな。でも、確実なことがあるだろ」
「え?」
「アレンさんは間違いなく俺達を歓迎してくれてる。それは間違いないだろ?」
言外に、それを感じただろ?というニュアンスが含まれていた。
「何より、アナハイムがなんで俺達のところに来たんだ?」
「そういえばそうだよな。この前の事件で少しは名が広まったかもしんないけど、スカウトする理由にはなんないよな」
「ああ、だから俺はこう考えたんだ。アレンさん達が接触している俺達がニュータイプの可能性があるから確保しようって思ったんじゃないかって」
「なるほどねー。アナハイムは私達を見つけたんじゃなくてアレンさんを見てたってことね」
「納得できるだろ?でもさ……それ、説明されてないんだよな。俺達」
ジュドーが引っかかっているのは、アレンは根掘り葉掘り質問させてくれ、ほとんどを応えてくれたのに対して、アナハイムのスカウトは言いたいことや契約に関してのことを話して、こちらからの質問は濁した回答ばかりだったことだ。
つまり、アレンの言っていたニュータイプは隠し事や嘘、欺瞞が嫌いであるということが図らずも身をもって体験する形となったのだった。
「……リィナちゃん」
ジュドーが味方でないと思い、イーノは最後の切り札であるリィナに声を掛けた。