第二百四話
最後に声を掛けられたリィナは正直に自分の心境を漏らす。
「正直、凄く迷ってます。そもそもお兄ちゃん達が普通に会社勤めができるのかも心配ですし……」
「「「おい」」」
口を開いたかと思えば兄とその友人をディスり始めた妹にツッコミを入れる……が、エルとイーノはうんうんと頷いて肯定しているあたり妹の認識は正しいものだと言える。
「信用という意味ではアレンさんの方がいいと思います。嘘を吐かないということは契約も守ってくれるということに繋がります。アナハイムは会社としてはアレンさん達より信用できるはずなんですけど……どうも嫌な予感がするんですよ」
実は誰も気づいていない……いや、気づいていなくて当然といえば当然なのだが、アナハイムはいつになるかは不明だが、アレン達と戦うことになるのだ。
アレン達と……アレンと戦うとなれば激闘が待っている。しかも死亡率の方が高い戦いが。
それを知りもしないというのにニュータイプ能力が感じ取っているのだからアレンが欲しがるだけのことはある。
ただし、嫌な予感の正体はそれだけでもない。
アレン達から脅すように伝えられた情報だが、アナハイムは非合法な方法で勧誘する可能性があることや行っている研究内容は検体が希少であることから生命に関してはそれなりのマージンを取るが、それも絶対ではないし、精神的な意味では廃人となる可能性も高いやアレン達が行っている研究は、アフターフォローを行うにしても精神的苦痛や肉体的苦痛が伴うのは同じであることもあり、どちらを選ぶにしても嫌な予感がするため迷いが生まれているのだ。
しかし、それでもアレンが優位なのは——
「それにアナハイムの研究では薬を使うってアレンさんは言ってたし……」
アナハイムへの勧誘を防ぐ、分かりやすく拒否感を与えやすいように研究には薬物投与を行うという話を行っていた。
実際、アナハイムの研究施設だけでなく、ネオ・ジオンや連邦、新生ティターンズのニュータイプ研究所でも薬物投与による強化や測定などが行われている。
そういう意味では、唯一アレン達のみがニュータイプの研究においては薬物を使用しない存在である。サプリやプロテインに関してはニュータイプの研究ではなく、肉体強化であるため除外する。
薬物投与とは合法な薬物であっても健常者ならば忌避感を覚えるそれにリィナは見事引っかかる。つまりアレンの作戦は見事に成功と言えるだろう。
ちなみにジュドー達が皆、アレンをさん付けで呼んでいるのは、最初エルがアレンくんと呼んだところすごいプレッシャーをぶつけられた結果、皆揃ってさん付けで呼ぶようになった。
「……アレンさんが来なかったらこんなことにならなかったのに……」
既にアナハイムに、アレンとジュドー達が関わっていることが知れているため、どちらかに所属する未来しか存在しなくなってしまったことにイーノは嘆いている。
しかし、それに共感するのはリィナぐらいしかいなかったりする。
なぜなら、真っ当に生きることが難しいシャングリラで、それほど余裕がある生活を送っているわけではないし、これからの未来に期待が持てているわけでもない。
そして今回のことで犯罪歴が付きこそしなかったが、シャングリラ内での就職は最初から難易度が高かったのに更に難しくなったのは間違いない。
そういう意味ではアレンにしろ、アナハイムにしろ、希望を見出すには条件自体は良いものだ。実際未来が明るいかはわからないが。
裕福でありそんな不安がないイーノと苦労しながらも兄に守られながら前向きに生きるリィナとこれから成人が目の前に来ているのにどうしたらいいのかわからないジュドー達で意見が割れるのは仕方ないことだろう。
「……よし、俺はアレンさんのところで世話になることに決めた!」
リィナがハッキリとどちらかを否定しなかったことで、自分の直感を信じてジュドーが決心する。
どちらもリスクがあるならば、確実に支度金がもらえる分だけアレンの方が得だろうという判断だ。
「俺は元々アレンさんところって決めてたからな!」
「俺も俺も!」
ビーチャとモンドの頭の中は既に支度金の使い道でいっぱいになっているが、やはり仲間が増えるというのは嬉しいので声が若干高くなる。
「私もアレンさんかなー」
ジュドーが決めたことでエルもそれについていくことにした。
元々エルはジュドーに思いを寄せているのでここで別れる選択はない。
「じゃあ私も準備しないと……」
「リィナ?!お前も来る気なのか?!」
しまった、というように口元を押さえるリィナ。
実はアレンのところに行くことはジュドーに話していなかったのだ。
話せば100%反対されることがわかっているのだからある意味正しい。
ここに来て兄妹喧嘩が勃発するが、この状況に苦悩しているのはイーノただ1人となった。
仲間達と別れるのは嫌、でもミソロギアというわけのわからない組織に就職するのも嫌、しかし……と思考は堂々巡りする。
「イーノ」
悩んでいるイーノに声を掛ける存在がいた。
「……ビーチャ」
「悩むのはわかる。でも、お前はお前の道を行け。一緒に行く俺達が言うのも何だけどさ。いつまで一緒になんて居られるわけじゃないんだぜ。それがたまたま今だってだけの話なんだ」
「……でもさ。ひょっとすると……これが一生の別れになるかもしれないんだろ!」
イーノの叫びで兄妹喧嘩も止まる。
全員が気づいていた。
もしかするとこの別れが一生の別れとなるかもしれないことを。だからこそ真剣に迷っていたし、考えていた。
「だからこそ、自分が納得できる道を選ぶべきだろ」
「そうだぞ。イーノはイーノの思う通りにした方がいいって」
「なら私がどこに行こうと私が決めてもいいんだよね」
「それとこれとは——」
ちなみに兄妹喧嘩は、ジュドーがアレンのところに行けば、万が一アレンの言う通り、アナハイムが強引な手段を取る場合、リィナを人質とする可能性が高く、別れる方がリスクが高いと妹が兄を説き伏せる形となった。
「僕は……僕は……」
そしてイーノの決断は——
そうか、1人は漏れたが他は勧誘に成功したか。
どうやら決め手は他者との接触制限、もっと細かく言えば家族との接触を制限することだったようだ。
他の者達とは違ってイーノという少年は家族との仲が非常に良かったからとのことだ。
それはどうにもならないことだな。
ここに来るというならプルシリーズを隠し通すことはかなり面倒であるし、教えた状態で他者と無制限に接触されては問題だ。
特に肉親ともなれば、ついポロッと言ってしまう可能性があるので仕方ないことなのだ。