第二百八話
「……これってもう戦いとかそういう次元じゃないよな」
「だねー」
「心配してた俺が馬鹿みたいじゃないか」
「よかったです」
「プルツーさん達、強いんだね」
MS本体がほぼ動くこと無く、ファンネルだけでMSのダルマを大量に産み出して勝負が決した。
その光景は遠くから見ているとキュベレイ達が遠くから睨むだけで四肢が弾け飛ぶ、まるでメデューサの如きである。某ゲームのサーヴァントの石化の魔眼・キュベレイを彷彿させる……と言っても石化ではないが。
「実戦を知らないから仕方ないけど、あまり楽観視してもらっては困るぞ。確かに楽に勝てたように見えるし、事実、苦戦とは程遠い。だけど……間違いなくあそこには生と死の天秤が揺れ動く場所だ。天秤が少し傾いただけでもう2度と帰ってこない。俺の両親のように……」
自分の苦い経験を伝えることで相手に少しでも思いを伝えようと試みる。その試みは、この場にニュータイプしかいないことが幸いして成功する。
ジュドー達はバツが悪い表情を浮かべている。
「これからミソロギアに所属することになった以上、戦う術は磨いておけ。戦場に出るか出ないかは才能もあるし、本人の意思もある。何よりアレンの意向もあるからなんとも言えないが、身を護る、仲間を守るためには力が必要だ。そのあたりはあそこで暮らしていたからある程度わかっているだろ?」
「言いたいことわかるぜ。弱くても戦わなくちゃ生きていけないからな!」
ビーチャが代表して答え、男のジュドーやモンドはもちろん、女であるエルまでも頷いて肯定する。
唯一、今まで守られる立場であったリィナだけがなんとも言えない表情を浮かべていた。
日常においてはマジョリティであり、強者であるリィナである非日常に属するこの空間ではマイノリティであり、弱者である。
しかも現在の大多数の人間と同じように暴力は悪だという認識を持つ一般人である以上、馴染むまでに、染まるまでには時間が掛かることだろう。
「ところでアレどうするんだ?」
モンドがアレと指したのはキュベレイ達が触手で回収しているMSダルマのことである。
コクピットが胸元にあることはジュドー達でも知っていることであり、胴体が無事ということはコクピットが無事、つまりパイロットが無事なわけだが、モンドはまさか、ミソロギア人間を売り飛ばすような組織なのだろうか、と不安が過ぎったことからの質問だ。
「あれは連邦に引き渡す……ということになっているな。表向きは」
「本当は違うんですか?」
「さっきも言ったが、アナハイムは連邦に強い影響力がある。そして今回の襲撃者もまたアナハイム……ここから導き出されることは?」
「捕まって裁かれるんじゃなくて、ただ帰還するだけってことか?!」
「そういうことになるだろうな。一応報奨金や生命維持に掛かった費用などは支払われるがアナハイムからすると誤差の範疇、パイロットの育成に掛かる時間が節約され、実戦経験を積めるのだからむしろ得している……か?」
MSを無駄に消費している点を除けばカミーユの言っている通りである。
ただし、MSも安くは……というより、MSは豪邸などより高い代物である以上、収支的には今回のように旧式を用いてスクラップも兼ねていたとしてもマイナスである。
しかも、ろくな戦闘すらさせてもらえない時点で実戦経験というよりも臨死体験や捕虜体験のような形の方が近い。
これの何処に価値を見出しているのか、それはカミーユにもわからないことだった。
カミーユ隊が帰還した。
今、カミーユとファ達が最近定番化してきた感動の再会を行っている。
やはり敵が海賊ではなく、アナハイム一派となれば心配になっても仕方ないことだと思う。
何より最新型のMSまで投入してくるような事態になっているならなおのことだ。
まぁいつもと違って初めてお目にかかる光景にジュドー達が囃し立てて騒がしいことぐらいだが、これも許容範囲内だ。
「随分と騒がしくなりましたね」
「元々プルシリーズで十分騒がしかったと思うが」
スミレも新しい検体が気になるようでこの場にいる。
なぜか新しい検体に向かって哀れんだ視線を送っているが気にすることではあるまい。
「それとはまた違った種類じゃないですか、プル達の騒がしさは幼子のそれで、ジュドーくん達のは思春期のものですよ」
「……そういえば私にもそのような経験があったな」
「え?」
「失礼だな。私も人間だ。そのような時期があるのは当然だろう?」
今思えばあのような方法でミノタウロスやケンタウロスを作ろうなどと……愚かなことだ。これが黒歴史というものだろう。
今ならばもっと上手く作ることができるだろう。
「アレンさんはいつまで経ってもアレンさんですね」
「当然だろう。突然スミレやジャミトフに変わったら嫌過ぎる」
「それは私も嫌ですね」
「で、スミレの思春期はどのようなものだったんだ?」
「……」
目を逸らすどころか顔を逸らして隠そうとしている。
ふん、私に黙秘権が通じると思っているのか。
「あ、ちょっと?!卑怯ですよ!!」
どうやら私が探りを入れ始めたのがわかったようで抗議の声を上げるが知ったことではない。ミソロギアでは隠し事が罪なのだ。
そして探りを入れた結果——
「なんだ。私とほとんど変わらないじゃないか」
「失礼ですね。私の研究はもっと世のため人のために——」
「いや、知り合いの軍人にザクIの開発データを盗み出してもらって再設計するなど、私がやっていることとそう変わらんだろ。むしろ犯罪行為が含まれている分だけ質が悪い」
「それを言ったら人間と馬を融合させようなんていう方が非人道的ですよ!」
(こやつら、子供の頃からそんなことをしていたのか)
ほら、スミレの行いにジャミトフも呆れているぞ。