第二十一話
フラナガン機関のラボというのは集合住宅を利用されていた場所だった。
中の設備は中の下、この程度の設備ではあまり大した研究ができないだろうな。
私の研究所の方が設備は充実しているぞ。
隠れながらでは仕方ないのかもしれないがあまり研究は捗ってなさそうだぞ。
「よくいらっしゃいました」
出迎えたのは如何にも研究者と言った風貌の男だった。
ただ、私が知らない研究者——
「君はアレン・スミス博士かい?」
どうやら相手は私のことを知っていたようだ。
「フラナガンの異端児とこんなところで会えるとは思ってもみなかった。一年戦争後から行方知れずと聞いていたが……そうか、アクシズに行っていたのか」
「騙されて連れて行かれたんだがな。そうだ、真紅の稲妻……ジョニー・ライデンがどうしているか知っているか?」
アクシズに連れて行かれたのは後悔していないが、騙された恨みはきっちり返したいところだ。
「あいにくだが知らんよ。彼は独自に行動しているため我々にはあまり情報が入ってこない」
「それは残念だ」
本当に残念だ。
私との会話を打ち切り、研究者……名前は聞いたが聞き流した……が、ここの話を始める。
その話では4年間で3度の移動をしているというから設備を充実させられないというのは納得ができる。
そして最近はジオン軍残党過激派組織が活発に動いていることもあって連邦の目が厳しくなってきてここを閉鎖するつもりなんだそうだ。
サイド3よりはアクシズで研究する方が楽そうだな……検体の少なさはネックだが。
話を聞いていると奥で物音が聞こえたため反射的に時計方麻酔銃を向ける。……私も随分と野蛮になったものだな。
その物音に反応したジョルジョがこちらに呼んだところ、メガネを掛けた若い女性が——ん?
「もしかしてナナイ・ミゲルか?」
「アレン博士、お久しぶりです。こんなところでまた会えるとは思いもしませんでした」
いやはや、まさかこんなところで彼女と、フラナガン時代に扱っていた検体と再会するとは、ね。
「ああ、私も意外だったよ。検体であった君がまさか研究する側になっているとは……白衣を着ているのはそういうことだろう?」
「ええ、その通りです……ところで……」
ナナイ・ミゲルが何やら楽しそうに私と後ろを交互に見る。
「気づいているから触れないでもらえるかな」
先ほどからプレッシャーが背後から襲ってきている。
そのプレッシャーを誰が発しているのかなど考えるまでもなくわかっている。
わかっているのだが、なぜこれほど不機嫌なプレッシャーを発しているのか理由がわからない。
ゆっくりと後ろを伺うと……イイ笑顔を浮かべるハマーンがいた。ただし目が笑っていない。
「アレン博士、そちらの女性と随分仲が良さそうだな」
いつの間にかこっち(女帝モード)になってしまっている。
いったい何が引き金なのだろうか。
「ああ、先程も言ったが彼女は昔、私の検体であったナナイ・ミゲルという。頭脳明晰であったがニュータイプの素質的にはあまり芳しくなかったため上からの命令で検体から外されてしまったのだよ」
「あら、てっきり私の不甲斐なさに博士に捨てられたのかと思ってました」
心外だな。
私がそのようなことで検体を捨てるようなことをするわけがないだろう。
「ふん、アレン博士がそのようなことで捨てるわけがないだろう」
奇しくもハマーンが私の思いを代弁してくれた。
「ええ、そうね。アレン博士の実験は他の方達とは違ったものね」
「そのとおりだ。……もっともそれほど楽な訓練ではないが」
……なんだろうか、こうやって他人から評価をされると微妙な気持ちになるぞ。
そして2人共息が合ってきているような?
「ナナイ、その辺りにしておけ。まずは仕事優先だ」
「あ、すみません。兄さん」
ほう、ジョルジョはナナイ・ミゲルの兄だったのか。そういえば昔の資料にそのようなことが書かれていたな。
「そうだ。アレン博士ならあれのことも知っているかもしれません」
話によると一部のデータが厳重なプロテクトが施されていて内容が確認できないという話だった。
「ふむ……これはもしかしてフラナガン博士が管理していたものか?」
「そのはずです」
なら以前使っていたものに近いか?確かサンスクリット文字をよく使っていたが……解析ソフトを製作するには時間が掛かるな。
「そういえばフラナガン博士はララァ少尉の個人用にとノート型の端末を用意したものがあったはずだが……」
「それなら見覚えが……」
そう言ってナナイ・ミゲルがクローゼットを漁り、言っていた通りのノート型端末を持ち出してきた。
これで解除できれば面倒はなくて済むがな。
シャアが端末をしばらく弄るとパスワードらしき文字列が表示された。やはりサンスクリット文字を使っていた。
早速入力してみると——
「解除できました」
無事解除できたようでよかった。
そして中身が気になり、覗き込むと——
「ほう、こちらのナンバーはララァ・スン、こちらはハマーンか……おお、シャリア・ブルにクスコ・アルのデータとはフラナガン機関の優秀なニュータイプのデータばかりだな。是非コピーさせてくれ」
「私は構いませんが……」(ナナイ・ミゲル)
「私は構わんぞ」(ハマーン)
「私も問題ない」(シャア)
「こちらも問題ありません」(出迎えた責任者っぽい研究者)
おお、早くアクシズに帰りたくなってきたぞ。
ハマーンの専用機も捗りそうだし、スミレ准尉と進めていた新機軸のサイコミュ開発にも貢献してくれるだろう。
急ぎの仕事も終わり、レストランで食事をすることになった……が、ここでジョルジョ・ミゲルがまだ仕事があると離脱して今度はナナイ・ミゲルが案内をすることになる。
「ちっ」
ハマーン、今舌打ちしなかったか?
「ところでナナイはスクールは」
「ジュニアハイスクール2年生です」
「羨ましいな。私はパソコンのライブラリーが先生だったからな。クラスメイトなんて存在しなかった……ボーイフレンドなどはいるのか」
「そ、そんな方はいません」
ナナイ・ミゲル、そこでなぜ私を見る?そしてハマーンも睨まないでくれ。
「何だと!もういっぺん言ってみろ!」
そんな声が別の部屋から聞こえてきた……典型的過ぎるだろう。
それにしても今日で2回目のトラブルだな。やはり敗戦国は治安が悪くなるのだろうか。
今の私達はお忍びであるため全員スルーだ。
……それにしてもナナイ・ミゲルがお勧めと言っていただけあって美味い食事だ。
こんなものを食べるとアクシズの食事が苦痛になりそうだ……いっそこのままこっちに……いや、研究用の設備が——