第二百十五話
「ゼェ……ゼェ……ゼェ……ゼェ……」
ハマーンが大の字で倒れ、プルツーは平然と立ち、呆れた表情を浮かべ——
「ハマーン……怠け過ぎでしょう。身体が全く動いていません。それでよく父様の検体を名乗れますね」
「ぐふっ?!」
鋭い刃をもってトドメとなってハマーンの荒い息をも止める。プルツーは容赦がない。
ただ、ハマーンのそれを責めるつもりはない。
私もミソロギアという組織を主導していく立場を経験していることでよく理解できる。
上に立つ身となればついつい個人のことより組織のことを優先して動いてしまうことが多くなる。それが私の生きがいである研究であっても例外ではなく、MSの開発や新兵器の開発に力を入れざるをえない。
もっともネオ・ジオンは元々ジオン共和国からジオン公国へ、そしてジオン共和国になり、ネオ・ジオンへと至る。つまり、法整備がされ、官僚が充実し、経済基盤も存在している状態と1から何もかも作り上げたミソロギアでは苦労の質は違うだろうが。
「ハマーン、立てるか」
「……」
プル21が声を掛けるが……返事がない、屍のようだ。これは暗に私の屍を越えてゆけと言っている……わけではないだろうな。
ちなみに、プル21は介抱するつもり……ではなく、更に訓練(という名の八つ当たり)を行うつもりである。さすが私の娘達だ。容赦ない。
ついでにいうと側近であるイリアが止めに入らない理由は、ハマーンとは違い、本当の意味で手合わせをしているからだ。
イリアはハマーンの親衛隊であるた生身の戦闘能力は高く、そこそこ戦えているのだが、体捌きはともかく、触手を操る技術が鈍っているようだ。いや、これは鈍ったのではなく、プルシリーズが技術を高め、イリアは停滞しているというべきか。
ただ、決して伸び代が無いというわけではないようだ。ネオ・ジオン内で触手を扱うのは周りの目や時間的な要因、対戦相手の不足など問題があるため、訓練の頻度も質も落ちてることになるのは自然な結果だと言える。
むしろ、それでなおプルシリーズと戦いというレベルに維持出来ているのは日頃から鍛錬を欠かさなかったこととイリアの生まれ持った才能ゆえだろう。
……いっそ、イリアのクローンでも作るか?……イリアが凄い表情でこっちを見たな。そんなに嫌か?
ならハマーンのクローンでもいいか?むしろニュータイプとパイロットの素質を考えればこちらの方が……しかし、なぜだろうな。一歩間違えれば暗黒面に堕ちたハマーンシリーズが大量に発生するような気がするのは。
そもそもの話、プルシリーズvsハマーンシリーズの構図が容易に描ける以上、残念ながら保留だ。(破棄とは言ってない)
「さて、ショートケーキだけというのも面白みがないな」
今回は特別にミソロギアの農業プラントで生産を開始した私が厳選に厳選を重ねた茶の木から採った茶葉を加工した紅茶も出すとしよう。
生産を始めたのは最近なのであまり量はないが、質は十分満足している。コーヒー?……あんなヘドロはうちにはない。
紅茶を自家栽培できるようになったのは僥倖だった。正直いつまでも高い紅茶を手に入れるのは辟易としていたし、その高い紅茶でもあまり品質がよろしくないのが実情だ。
ちなみに紅茶を好むのは私とファとジャミトフの3人だけである。上位ナンバープルシリーズは流動系プロテイン、下位ナンバーとロザミア・バダムは月に1度のミソロギア産の果物を使った100%果汁ジュース、スミレは栄養ドリンクを好む。カミーユやフォウはその時々で変化する。
「ああ、それとついでにスコーンも用意しておくか」
あれほど激しい訓練の後ではケーキだけでは満足できないだろう。
……どうやら私の秘蔵の紅茶を出すことがプル達に漏れると、やはりハマーンが特別扱いされていると感じたようで、こぞってハマーンを訓練に誘うようなことになってしまった。やり過ぎないように監視しておく必要があるな。
「ううぅ……ショートケーキが美味しい」
半泣き状態でショートケーキをゆっくり食べるハマーンと口にも表情にも出さないが心底疲れたという感じのイリアがいた。
どうやら疲労でいつもの不遜な態度と喋り方(メッキ)が剥がれ落ちて、素のハマーンに戻ってしまっている。
それとは対象的に、今まで嫉妬の的であり、溝が出来始めていたプルツーと他のプルシリーズ(上位ナンバーを除く)の距離が縮まったように伺える。
共通の敵が現れたことで一致団結した結果というわけだ。
上手く行けば溝を完璧に無くすことは出来ないにしてもある程度埋めることは出来るかもしれない。ここはハマーンに頑張ってもらうとしよう。
「……ッ?!」(キョロキョロ)
おっとどうやら考えが漏れたようでハマーンはあたりを警戒しているな……まぁ警戒しても無駄なのだが。