第二百二十話
ハマーンはプルの案内でミソロギアの居住区へと出掛けた。
「……それで、この異様に速い速度で動くオートスロープはなんだ」
「見ての通りだけど?」
「……皆逆走しているが?」
時速40キロで移動を続けるオートスロープ(空港などにある平行なエスカレーターのこと)をプルシリーズは忙しなく駆けていた。
ちなみにボルトの世界記録をそのまま時速にするとおよそ37.6キロである。それを上回る速度で動くオートスロープを進まなくては先に進まないのでプルシリーズはそれ以上の速度で走っていることになる。
「もちろんトレーニングだよ。一応緊急時なんかは逆走(本来の使用方法)してもいいことにはなってるけどね」
「……私もこれで移動するのか?」
さすがに本格的な肉体改造を施されていないハマーンにこれで移動しろというのは酷というものである。それはアレンもプルもわかっている。
「テンタクルで移動していいってアレンパパは言ってたよ。それにアレンパパもそうやって移動してるしね」
(やはりアレンも使っていないのか)
アレンの肉体は今の所純正であるため、プルシリーズと同じことはできない……というよりハマーンよりも劣るのだから当然だ。
ちなみにアレンが肉体改造を施さないのは、現状の技術よりも上があることがわかっているのに今中途半端な技術を使って改造するのが面倒だからである。
そもそもプルシリーズとは違い、生まれた頃から施されたものではないため、慣れるのに訓練が必要なのも1つの要因となっている。一応触手を使えば日常生活などに支障はないが、冷戦状態で訓練……リハビリ?などに掛ける時間が惜しいのだ。少なくとも2本の腕の分だけ生産効率が落ちてしまうのだから仕方ないのだ。
「それにしても……見られているな」
「お客様だもん。当然だよ」
ハマーンとプルはオートスロープを逆走(ミソロギアでは順走)しているとチラチラとハマーンを見るプルシリーズが多く居た。
そのプルシリーズは若いナンバーであり、ハマーンという存在は知っているが、直に見る機会がなかったのでミソロギア内を自由に行動ができる数少ない外部の人間に興味津々である。(ジャミトフやカミーユ達は既に身内扱い)
ハマーン達は居住区を抜けて商業区へと足を進める。
「ほう、思ったよりも品が充実……してないな」
「アレンパパの方針なんだよー。贅沢品のほとんどは交易所にあって、ミソロギア内では本当に必需品だけを揃えてるんだよ。でも私達も交易所に行くのは制限されてるんだ」
贅沢は敵だ!欲しがりません勝つまでは!足らぬ足らぬは工夫が足らぬ!という何処の戦時中の帝国だ!と言いたくなるような方針をアレンが打ち出している。
もっとも実際世界最大の勢力であるアナハイム一派と冷戦状態なのだから特に間違っているわけではないのだがプル達にとって不満がないわけがない。ただし、やはり親であるアレンに歯向かうほどの理由にはならない。せいぜい欲しいおもちゃを買ってくれないと駄々をこねる子供ぐらいのものでではあるが。
それに——
「しかし、他の物はともかく……服や装飾品の類は妙に充実しているな」
「それは警備業を始めたご褒美なんだって」
何度か話に出てきたが、クローンであるプルシリーズは外見がほぼ同じということもあって服装や髪型、装飾品などで個性を主張することが常識となっている。
それを禁じては流石に不憫……などとドSにしてマッドなサイエンティストであるアレンがニュータイプとしての成長機会を逃すはずがない。ならばなぜと疑問に思うが、ただただ不満を解消しておかねば統率が面倒だったのだ。
「ほほう、貴金属の装飾品よりも木を使った物が多いな」
「それは貴金属はMSに使った方が皆嬉しいからそっちに使うようにしてもらってるの」
ほとんどのプルシリーズにとってMSパイロットは一種のステータスだ。そのMSはプルツーのものを除けば専用機ではなく、使い回しである。
監督役である上位ナンバーはその性質上優先的に使われるが、若いナンバーはそうはいかない。だからこそ少しでもMSを増やせば自分達が操縦する機会が増えるというわかりやすい動機である。
もっとも木工装飾品は宇宙では製造が限られているため貴金属ほどではないが高価だったりするのだが。
「しかし……これはこれでいいな」
ハマーンはその立場上、贈物などを頻繁に貰っていたが、貴金属や宝石ばかりであり、こういう悪く言えば地味な物はあまり目にする機会がなかったので新鮮に感じた。
「だよねー。ほら、この髪留めとかハマーンに似合うと思うよ!」
「おお、では、つけてみるとしよう……どうだ?」
「とっても似合っててかわいいよ!」
「そ、そうか、ありがとう」
日頃はかっこいいや綺麗、踏まれたい、鞭がお似合いですなどと言われていて、かわいいなどと言われ慣れていないハマーンは照れて顔を赤くする。
「お、こちらのプレスレットはプルに似合いそうだな」
「おおー、いいかも!」