第二百二十七話
「ほほう、これがアレンが開発した玩具か」
ハマーンのミソロギア体験はまだ続く。
今、ハマーンが興味を示しているのはMDコントロールルームであるが、それはアレンが使っているものとは別物で、プルシリーズのMD操作訓練と周辺警備に使われているものである。
しかし、ミソロギアに来てから今まで明るかったハマーンの表情に初めて陰りが入る。
それの原因は目の前にあるヘッドギアであった。
「これはアレンが作ったものなのよ。以前のあれとは違うわ」
そう自身に言い聞かせるが手の震えが止まらない。
ハマーンの脳裏に過るのは一年戦争当時にいたフラナガン機関でモルモットにされていた頃の忌まわしい記憶である。
その時の実験の際に使われていたヘッドギアとアレンが用意していたヘッドギアが偶然だが、見た目がそっくりなのだ。
本来ならハマーンのトラウマを熟知しているアレンはそういった物は訓練としては優れていてもデータ取りや研究のためには精神が不安定になるため避けてきた。なら、なぜ今回に限ってこうなってしまったかというと、そもそもこのMDコントロールルームはプルシリーズの訓練のために作られた。つまりハマーンが使うなど始めから考えていなかったのだ。
ちなみにヘルメットはなぜか平気だ。
「ハマーン、あまり無理はするな」
いつもは敵意満々のプルツーだが、ハマーンの顔色が悪さを見、思念から痛い気持ちを感じ取るとさすがに心配になってしまった。
「ああ、もちろんだ」
明らかに無理している声色だが、その手にはしっかりとヘッドギアを手にとっている。
そして、一気に被る。
「…………被ってみると平気……みたいだな」
「そう……みたいだな。自分でも驚いている」
いざ被ってみるとハマーンは平静を取り戻していた。
トラウマというのは直面した瞬間が1番の難所で、越えてしまえばどうということはない場合がある。ハマーンの場合がそれにあたった。
「後は簡単だ。そのリクライニングチェアに座れば自然と理解するはずだ」
「自然と?」
どういうことだ?と疑問に思いつつも指示通りに横になるハマーン。
(あ、このチェア……執務室のよりずっと座り心地いいわね。さすがアレン、妙なところに心遣いが——)
『MDシステム起動』
突然のアナウンスにビクッとハマーンが跳ね、そしてキョロキョロと周りを確認する。
MDコントロールルームは1人専用であり、案内してきたプルツーも既に退室済みなので誰もおらず安心するハマーンだったが、万一のMDが撃破された時にパイロットにどのような影響が出るがわからないため常時カメラによって監視されている。
つまりハマーン、ご愁傷さまです。
『未登録個体と確認、DNA照合開始……プルシリーズでないことを確認……ゲストユーザーに合致、氏名の確認、ハマーン・カーンで間違いありませんか?』
「間違いない」
『声紋照合……合致。MDとリンクします』
ちなみにこのガイダンスしているのはアレンに調整を施された強化人間人格OSである。
「これは……不思議な感じだな。ファンネルとは違って己の意思だけではない……導かれるようなこの感覚……あまり好みではないな」
ハマーンは完成度が低いサイコミュから使っているため、感覚的に慣れない。
OSが新しくなればなるほどライトユーザー向けに改良され、設定項目が減っていき、それ相応に使える人間からすれば不便で仕方ないのと似ている。
「おっと、視覚まであるのか」
ファンネルなどは感覚だけでコントロールしているが、MDは視覚情報がヘッドギアに出力される。ただし、アレン専用MDコントロールルームのものはMDを複数機操作するためにそのような補助輪は存在しない。
「……それにしても、また随分古い機体を使っているな」
自分が操縦しているMDがザクIであることに気づいて苦笑いを浮かべる。
MDはまだまだ試験運用中である上に、これは操縦訓練用であるため暴走しても問題ない古い機体を採用している。
「さて、早速動かしてみるか…………くっ、重いな」
MDの操縦はMSの操縦と違って、操縦桿ではなく、自身の身体を動かすようなイメージで操縦することになる。つまりザクIの機動性、運動性は——
「これが太った人間の感覚だというのか?!」
決して太らないとハマーンは固く誓うのであった。