第二十四話
右へ、左へ。
前へ、後ろへ。
上へ、下へ。
アレンが操る黒と紫で塗装されたザクはブースターではなく、スラスターとAMBACでいくつもの亜光速で過ぎる粒子を銃口も確認せずに拙いダンスのような動きに躱す。
「敵は4機……ってなんで実戦経験もない私が1番敵を背負うことになっているんだ?」
シャアは無視して輸送船に向かったジムタイプを1機を追い、カムジはガンダムに乗るジョルジョと死闘……に見える遊びを繰り広げている。
つまり、アレンだけが残り、連邦兵が今までの機動を見るに不慣れであろうアレンをまず落とそうと思うのは至極当然のことだ。
「ぐっ、これ、は……っ!……ビームライフ、ル……なんぞよりGの方!!が、キツイなっ!」
なるべく胴体を動かさぬように配慮しながらの回避行動は精神を、襲いかかるGは体力を削っていく。
何より回避行動をする度に耐Gスーツにエラーが出ないか冷や汗を流している。
テストも満足にできていないもので命のやり取りをしているのだから精神が削られて当然だ。だからこそやられているばかりであるはずもなく、何回か撃ち返す……撃ち返すことができているのだが——
「ジオンが——っ負けたのは、盾の有無なんじゃないのかっ!」
アレンの放った弾丸は全て命中している……命中はしているのだがジムタイプの、正確にはRGM-79Nジム・カスタムの持つシールドに受け止められている。
せめてビームライフルなら……と脳裏を過ぎったアレンだったがすぐにそのような思考は消える。
「接近戦は!付き合わない!」
今までは相手の隙を感じた時にマシンガンを射っていただけだが、今回は周りの認識精度を若干落として強引に当てにいった。
そのかいあって、距離が近かったためシールドでは守りきれず、右肩、右脚部にダメージを与えることに成功する。
ライフルを持つ右側にダメージが集中したことで攻撃力が低下し、接近を諦めたようだ。
(アレンッ!右!)
「ぐっ——助かったぞ。ハマーン」
突然、ハマーンの思念を受けて回避行動を取ると直撃コースでビームが通過した。
なぜハマーンの思念が的確だったのか、それは……サイド6のテレビ局が生中継(もちろん連邦から許可を取っている)をしており、それをハマーン達が見ているからだ。
「……ッ、アレンは弱くはない、弱くはないが、やはり私が出ていくべきであったか」
自分なら……いや、あの機体ではアレンよりは多少上手くやれるだろうが、戦いになるかどうかは微妙だろうな。とハマーンは感情とは別に冷静な思考がそう告げている。
アレンには身体能力的に欠点があるが、ハマーンはハマーンで常人とは逸脱した反応速度がある上に日頃は研究中とはいえ最新のサイコミュが搭載されたMSを操縦しているため通常のMSを操縦するとなるとアムロがシャリア・ブルと戦っている時に起こしたようなオーバーヒートをさせてしまうだろう。
「どれに誰が乗ってるのかわかるの?」
「……そうか、一般人(オールドタイプ)には難しいか。今映っているのはアレンだ」
そんなこともわからないのか、と言い掛けたが相手はオクサーナ・ボギンスカヤ、政治関係者ではあるらしいが戦闘に関してはそれほど見識があるわけではないだろうし、ニュータイプでもない人間がわかるはずもないか、と思い直し、教える。
「シャア大佐ともう1人は何処行ったのよ。アレンくんが4機に囲まれちゃってるじゃない?!死んじゃうわよ!」
オクサーナの声を煩わし気にしながらもハマーンはテレビから目を離さない。
アレンはなんとか最大の危機は脱したが、常時危機的状況であることに変わりはなかった。
救いといえば先程ダメージを与えたジム・カスタムの分だけライフルによる攻撃が減ったことだが代わりに厄介なことに牽制要員となったのか、バルカンを合間合間に挟んでくるようになる。
「ああっ、くそ、面倒なことをしてくれる」
遠距離からのバルカン程度では命中率も知れているし、威力もあまり脅威とはならない。
それでも運悪く命中してしまい、それが致命傷になってしまうこともあるのが戦場である。ただの牽制とは言い切れない……もっともそんなことがめったにないことは連邦パイロットもわかっている。
しかし、アレンにとっては牽制程度ではない。
全力全開で感覚のアンテナを張り巡らしているアレンにとって認識する物が増えるというだけで負担が劇的に増す。
全てを認識してしまい、全てに反応してしまう。
「1番腹立つのは当てる気のない攻撃でこれほど神経を擦り減らされることだ!」
相手の感情が流れ込んでくるのは何も殺気や怒りなど激しいものだけではない。
もちろんわかりやすいわかりにくいの差はあるが攻撃の意図というものを感じてしまい、その気の抜けた攻撃がアレンを無性に苛つかせる。
しかも、そのバルカンを全て無視するには自身の感覚を鈍らす必要がある……できるわけがない。戦場でそのようなことが。
「と言うか、そろそろ体力が限界だ……だからシャア大佐、後は頼む」
『心得た。よく粘ってくれた。感謝する……とはいえ、もう少しでカジム准尉がこちらに来るまでは手伝ってくれ』
「……」
「アレン、無事の帰還……無事か?」
「ちょっと動けんな」
身体中がギシギシ悲鳴を上げている。
一応医者に診察してもらったがひどい筋肉痛だと告げられた……が、これほど痛いと筋肉痛だろうが神経痛だろうが骨折だろうがあまり変わらん。
痛みから逃げるため痛み止めという手段があるが治癒が遅れるので止めておく。
ちなみに今の私はストレッチャーで運ばれている。
「……ナタリーは?」
「ナタリー中尉には私の耐Gスーツのデータを抜いてもらっている。もう無いと思いたいがまた戦うことがあるかもしれん。早急に洗い出しをせねば……」
「その身体で?」
「……しばらくは休養するか」
「それが良かろう」
それにしても……まさか本当に連邦兵を殺さずに無力化させるとは、な。
シャア大佐が化物なのはわかっていたがカムジ准尉も化物だった。
まさかガンダムをマシンガンの弾1発で無力化するとは……末恐ろしい、是非身体データを取らせてもらいたい……が、研究者を嫌っているようだから無理だろうな。