第二十五話
ああ、平和って素晴らしい。
ただただ目の前にある研究に没頭するだけでいいなんて夢のようだ。
耐Gスーツの改良点も多々あるし、たまたま発生しなかっただけの致命的なバグまで見つかった時は冷や汗と脂汗が同時に出た。
もし実戦の時にバグ周りの行動をしていたらエラーによって緊急停止してしまい、操縦が不可能になり、私はこの世からいなくなっていただろう。良くて捕虜だ。
もっとも捕虜になったところでテロリストであることからおそらく死刑だろうからどちらにしてもこの世からおさらばなのは変わりない。
本当に無事に終わって良かった。
ちなみに筋肉痛で満足に動けない間、ハマーンが面倒を見てくれた……シャアからは冷たい視線をもらったが楽だったので気にしない。
ただ、看病をしてくれるのは嬉しいが研究を邪魔されるのには困った。
まぁ怪我人(?)は大人しく寝ていろというのは理に適っているが帰りのことを考えると気が抜けない。
また実戦が無いとは言い切れない……いや、ザンジバル級に帰還できたらMSの空きなんぞないのだから私はお役御免だったか……焦って損をした。疲労が溜まって思考が鈍っていたか?
そしてここのところ看病をしていてくれたハマーンは今、シャアと共にジオン歴史博物館という場所に行っている。
シャアが言い出したことだが本人は行きたくなかったようだがハマーンの後学のため、とジオン共和国の党首に強く勧められて仕方なく行くことにしたそうだ。
まぁ戦勝国が敗戦国の歴史をどう扱うかなんて見ずとも大体わかるがな。
実際、テレビ放送ですら酷い有様だから間違いない。
ハマーンがいる時はあまりテレビを点いていなかったが……まさかこれを配慮してのことか?もしそうなら過保護にも程がある。
さて、久しぶりに研究に専念するか、何から取り掛かるかな。
とりあえず本業であり、まだ途中であるフラナガン機関のデータからにするとしよう。そもそもスクラップもそれほど豊富にあるわけでもないし、何より施設の手配するのもここでは一苦労だ。
耐Gスーツを作る時も道具がなくて苦労したからな。
ふむ、やはり統計的には若い個体の方がニュータイプとして覚醒する可能性は高いか……今まで経験則的にはわかっていたが、データが不十分だったからな。これで立証されたわけだ。
その点、シャリア・ブルは異質な存在だな。
決して若くないにも関わらずクスコ・アルほどではないにしても優秀であるし、何より白い悪魔を後一歩というところまで追い詰めたという戦果もある。
異質……異質といえば、シャリア・ブルは木星から帰ってきた者だったな。
環境によるニュータイプの覚醒というのはジオニズムの思想としては間違っていない……が、ララァ・スンは地球生まれ、地球育ちで宇宙に上がったのはシャアが拾ってから……確かガルマ・ザビが戦死させたことで左遷させられた後の話だったか。
となると、やはり環境による心理的作用によるものが主な要因であるのは間違いがない——ん?誰か来たよう——
「どうしたハマーン、随分脳波が乱れて……ふむ、原因はシャアか」
会話の内容はわからなかったがハマーンの肩を掴み、何やら怒鳴っているシャアの姿が過る。
普段の彼からは想像できんな。いつもならせいぜい眉をしかめる程度だろうに。
「……アレン……私……」
事情を聞いてみるとシャアの過去の記憶を受信してしまい、そのことを話すと怒られたということだった。
「くっくっく、赤い彗星ともあろう人が小娘1人に過去を知られたぐらいであれほど怒るとは……若いな」
「若いって……アレンの方が年下よ」
「ならば未熟と言い直そう。やはり戦場にばかりいる者はどこか支障を来すものなのかもしれんな」
スポーツ選手が頭が悪い、子供の頃から俳優をしていると常識がズレるなどと同じようなものだろう。もちろん例外はいくらでもいるがな。
「紳士というのは多少無礼なことをされようが些細なことで怒ってはならない。まぁ多少の仕返しはするがな」
「……最後の一言で台無しよ」
「そもそもそんなことで怒っていては私は今までに何回怒らねばならないのか……ハマーンも私の過去ぐらい何度か見たことがあるだろう?」
「……」
沈黙は肯定と受け取るとしよう。
不安そうな表情を浮かべるハマーンに近寄り、優しく頭を撫でる。
「そう心配する必要はない。幸い私は触れて欲しくない過去なんて……あまりない」
ない、と断言しようと思ったが色々と若い頃にしでかした黒歴史があったことを思い出した。
見られたとしても恥ずかしさに見を悶えさせる程度で済む……できればそのようなことにはなって欲しくないが……ハッ?!
「小さい頃のアレンはとてもやんちゃだったのね……今もあまり変わらないけど、方向性が違うだけで」
「ちょっと待て、私の黒歴史を見たことは想像ができるが後半の台詞は納得出来ないぞ」
「小説に影響されてリアルエルフ耳を作った人が何を言ってもだめよ」
それでも科学的アプローチでコインを指で弾いてレールガンを実現しようとしていた頃よりはマシだろう?!
「……思ったより元気そうで良かったヨ」
「カムジ……心配かけたな」
「それはいいんだけど……アレンは本当に信頼されてるのネ」
「まぁ時間相応には信頼関係を築けていると自負している」
「アレンの訓練は厳しいが、ニュータイプを扱うことに関してはアレン以上は存在しないと思う」
それはハマーンの過大評価……と言いたいところだが、どうもフラナガン機関の研究データを見ていると、どの研究者も的外れな実験が多くて困る……いや、的外れというのも試してみた結果からわかることだから無駄ではないのだが。
「ニュータイプはニュータイプの扱いが上手いということネ」
……?
「そうだな。おかげで私の言いたいことも理解してくれやすい……妙なところで鈍感だが」
……??
「何を言っているのか理解ができないのだが……なぜ私がニュータイプと誤解しているのだ?」
「「え?」」