第二百五十五話
『お願いがある』
ハマーンからの通信でこの切り口、あまりいい予感はしない……と思ったが、いつもと様子が違うようだ。
ちなみにだが、アレン人形は定期的に話すのに向いているが、呼び出すのに労力が掛かるので連絡の基本は派遣した居住艦から専用通信でやり取りしている。
あれは連絡用でもあるが主にハマーンやプルシリーズとのコミニュケーションを取ってストレスの解消の手段だからな。
『実は不死鳥の会の会員から古い知り合いの情報を得て、最近になって連絡ができるようになったのだが、その古い知り合いはどうやら伴侶ができたらしいのだが、その伴侶が一年戦争で左足の膝から下がないそうなのだ』
「なるほど、それの治療を私にして欲しいと」
それほど難しい……いや、専門分野であるため片手間で済むような話だ。
なんだったら自動車を粉砕できるぐらいの足にしてもいい……ただし、膝より上が無事な保証はないが。
ついでに両足でもいいぞ?いやいや両手も……。
『彼女は名家の出でパーティーなどでもよく顔を合わせていたのだ。力になってあってほしい』
「その程度のことなら問題ないが……しかし、今まで連絡がなかったのだな。普通ならもっと早くに連絡がありそうなものだが」
四肢欠損に関わった者達にとって私の名を知らないというのはかなり少ない。
なにせ、四肢欠損の医療技術に関しては私のクローン技術を応用しているものが使われているのだから知っていて当然だ。
『ふふ、彼女は俗にいう脱走兵でな。アジア圏で戦いに破れ、脱走したようだが……驚くことに伴侶は連邦兵なんだそうだ』
「それはまた……ドラマや映画になりそうな話だ」
しかし、納得もできるな。
脱走兵は戦犯であり、敵前逃亡であれば銃殺刑が普通だ。
それならば身を潜めることは至って普通の手段と言える……そういえばあの頃の罪というのはいつまで適用されるのだろうか。
まぁハマーンと知り合いである以上、そのあたりは問題にはならないか。そもそもネオ・ジオンに帰国するならともかく、ミソロギアに来るのであれば尚更だ。
『更に言えば直接殺し合った仲だそうだ』
ロマンチックな人生を歩んでいる人間というのは本当にいるものだな。
……ああ、そういえばカミーユとフォウとロザミア・バダムとはそういう関係だったな。もしかして割とよくあることなのか?(そんなことはない)
『2人はネオ・ジオンが関わると万が一があるので不死鳥の会がそちらまで連れて行く手はずになっているのでよろしく頼む』
「わかった。それでその知り合いと患者の名は?」
『そうだった。彼女はアイナ・サハリン、夫はシロー・アマダという』
「アイナ・サハリン……聞いた名だ」
確かアプサラス計画のテストパイロットがそのような名だったと記憶している。
そしてアプサラス計画を主導したのはギニアス・サハリン、アイナ・サハリンの兄であったはずだ。
『……アレン……アイナのことを……知って、いるのか』
なぜそこで親の仇にでもあったかのような怖い声を出しているのだ。
「元々アプサラス計画には注目していたからな。巨砲主義極まりない発想だが、私は当時のジオンにとって福音になると思っていた」
単純にして明快、大気圏まで飛び、目的地へ降下、大地を焦土にする。
相手の生産設備や主要都市に対して行えば戦果は絶大だったに違いない。
もっとも生産コストの関係で大博打になってしまうが、それは仕方ないことだろう。
ドズル・ザビが熱心に開発していたビグ・ザムも構想的には類似するものの、Iフィールドを搭載しているため防御性能こそ勝るものの、機動力と継戦能力(ビグ・ザムは最大戦闘稼働時間が20分と短い)が劣る。
そもそもアプサラスは強襲用で、ビグ・ザムは決戦(攻防両方)用と使用用途が違うので一概には言えないのだが。
『そうか……』(アイナのことを気にかけていたわけではないのか)
一体何を心配しているのやら。
最近は少し共鳴を控えるようにしている関係で、いつも以上にハマーンの思いを感じない。
少々日頃から共鳴に頼り過ぎていたと反省し、共鳴を制限してトレーニングをしている。(ただし本人が知らないところでストレスを貯めたり、周りに押し付けたりしている)
「では、日取りが決まり次第また連絡をしてくれ」
『わかった。身体には気をつけて……研究もいいが、ほどほどに休むようにな』
「覚えていたらな」