第二百五十九話
「不思議な感覚だな。あの皮が弛んで皺々であった私の腕が、今では信じられんほどの若返り……それ以前に、これは本当に人間の皮膚か?なんとなく強く何かに接触しようとすると皮膚が硬くなっているような気が……」
四肢の魔改造化が済んだジャミトフは両手に持っていた円周5cmの鉄球を粉々にする。
「それに案外簡単に制御できるな」
「研究者の私がこういうのはなんだが生物というよくできたもので、いきなり違う肉体となってもそれなりに順応する。もちろん完璧とは言えないが……」
逆に無くなったものがいつまでもあるように感じる幻肢やその幻肢が痛む幻肢痛などという不器用な面もある、人体とは面白いものだ。とアレンは語る。
シローも思うところがあるのかまだ欠けたままとなっている己の足を見ている。
ちなみに皮膚の硬化能力は目に見えないほど小さな鱗が存在し、日頃は拡散しているのだが緊張状態や意識すれば密集させることができ、硬化状態となり、拳銃程度なら5mも離れれば衝撃はあっても傷を負うことはないほど性能である。
ただし、取り替えたのは四肢のみであるため、胴体で受ければ意味がないが……とは言っても既に内臓や骨などは魔改造済みなので皮膚や脂肪は貫いても致命傷になる可能性は極めて低いが。
「ただ、無理は禁物だ。その程度なら問題ないが加減なく力を奮ったりすれば改造されていない元の身体の方に悪影響を及ぼすぞ」
その言葉に、少し調子に乗って色々と試していたジャミトフが動くのを止める。
まだ改造を受けて10分程度しか経っていないのだから常識的に考えれば普通に動けるだけでもありえないことである。それをあまりの違和感の無さに忘れてしまっていた。
「というわけで実際に見てもらったわけだから私の能力や新しい四肢の性能に関しては疑問を解消できたと思うがどうだろうか?」
改めて言われても頷くことしか選択肢がない夫婦。というか疑問を抱いていようが自分がしたいことをする、それがアレンである。
「とりあえず……全身は時間が掛かるからジャミトフみたいに内臓からやっておくか」
いつの間にかシローは四肢から全身に、そしてとりあえずで内臓を取り替えられることになっていた。
「……おい。アレン、今何やら不穏なことを言っておったな。おぬし、一体私に何をした?!前々から怪しいとは思っていたが——」
「ちなみに酒は嗜むなら残念ながら通常の酒程度では酔うことはできなくなるぞ。ああ、一応度数が90%以上で2リットルぐらい飲めば酔うかもしれないな」
「人の話を聞け!」
「あの、俺はそこまでするつもりはない——」
「ついでに地球から来たのだし1通りのワクチンも打っておくか……ああ、妊婦は想定外だから改めて検証しておく必要があるな。……そういえば妊婦に宇宙旅行というのはなかなか冒険をしたな」
「……全然聞こえていまませんね。お兄様を思い出します」
ジャミトフの声はまるで聞こえず、シロー夫婦の声も言わずもがな、である。
アイナのみ、ある種の懐かしさを感じていた。
しかし、かの者は肉親であり、目の前にいるのは赤の他人であることを考えれば以前鍛えた寛容性が発揮されることはあまりなく、イラッとしていたりするが、ここでアレンの機嫌を損ねられると自分達の身の危険(命ではなく、身の、である)を感じ、黙ってはいるが。
「さて、ある程度目処が立ったのでとりあえず健康診断を行うとする。もちろんそちらの婦人も、な」
ふむ、シローは視力が低いな……これは戦場の頃にザクマシンガンのノズルフラッシュやビームサーベルを間近で直視した影響で目が焼けたのだろう。本人にも思い当たることがあると聞いたので間違いないだろう。
病気の方はいくらか寄生虫がいたあたり、さすが地球に、熱帯地域に住んでいただけのことはあると感心したものだ。寄生虫なんて宇宙で暮らしていればまずお目にかかれない。
もっとも特に害がある類のものではなかったが、本人の許可を得てから体内を洗浄してやった。
ただ、アイナの方はやはり妊婦であるから出産まで放置……と言ったら物凄く嫌な顔をされたが、さすがに天才の私でもできることとできないことがある。
母体に大半の寄生虫は掛ける負担を軽減することでどうにかできなくはないのだが、一部は血液中を流れていて殺菌するには薬品を、押し流して洗浄するには胎児に負担が掛かってしまうのだ。
「だが、アレンが寄生虫がいるなんて言うからストレスになっているんだからどうにかできないのか」
確かにそう言われればそうなのだが……くっ、うっかり妊婦にはストレスが悪いことを忘れてしまうとは……不覚。
日頃はニュータイプの訓練の一環としてストレスを与えることを常としていたことが仇となってしまうとは思わなかった。
「ん?そうか、寄生虫をうまく使えば訓練の一環になるということか?!」