第二百六十一話
シロー・アマダ夫妻が交易所で滞在すること1ヶ月、アイナの出産自体も面倒を見ることになったので(母子共に死亡率0%という言葉が効いた)シロー・アマダの四肢も丁寧に作り上げ、つい先程手術を終えた。
「また5分か、なかなか厚い壁だな」
「見て、自身で体験してなお信じられない。こんな短時間で……しかも全身麻酔すらせずに」
愚問をツブツブと垂れ流しているシロー・アマダは放置……というわけにもいかんか。
私が失敗などありえない。だが、人間の体というのは研究しても研究しても理解に及ばない部分が存在する。
アレンが調整したクローン体であるプルシリーズですら身体能力に、ニュータイプ能力に、性格に差が生まれる。
自身の細胞で作った四肢であるため拒絶反応はないだろうが、やはり使い慣れた四肢と比べると大きく違いがあり、早く慣らせる必要がある。
「わかっているとは思うが、しばらくはこの部屋から出ることを禁ずる。もちろん通信は自由に使うのはいいが絶対に誰かに、特にアイナ・サハリンには近寄らないことだ」
「ああ、わかっている」
人間というのは感情で動く生き物だ。万が一口論となり、そしてそれで収まらず本気ではなくても手が出ることがあるし、物を投げる、近くにあった何かを叩くという可能性が存在する。
それを慣れた手足で行ったなら問題ないが、今のゴリラの筋力すらも上回るような腕でそのようなことを行えば、直に殴ることがなくても不幸な事故が起こらぬとも限らない。
それを防ぐために全面クッションフロアで構成されているこの部屋に軟禁するのだ。
まぁ本当はそのような自体になった場合、私が察知して止めることなど容易いのだが……面倒なことは少ない方がいいに決まっている。
「では、早速走って……小走り程度で走ってみろ」
シロー・アマダは従順に走り始める。
姿勢に乱れもなく、安定していて、表情も久しぶりの自分の四肢で動く感覚に明るく、余裕もあるようで、これぐらいなら問題はないようだな。
「速度を上げろ」
言われるがままに速度を上げ……ようとしたところでシロー・アマダは地雷でも踏んだかのように前方に向かって弾けてクッションに埋もれる。
「やはりこうなったか」
ジャミトフは元々日頃から体調維持のための運動程度しかせず、本人すらも全力がどの程度であるかなどあまり意識していなかった故に自分の身体の限界を自分で勝手に設けていた。
しかし、シロー・アマダは元軍人であり、己を虐め抜いて(抜かれて)研磨しており、そのためこのような結果を招いたのだろう。
私は今までこの手の本当の意味での改造は部外者に施したことがない。研究初期の頃の検体……確かα、β、γだったか…にも肉体改造は行っても改造自体は行っていない。
プルシリーズには施しているが、そもそも生まれた瞬間からそのようになっているので問題はない。
「わかっていたなら教えてくれてもよかっただろ!」
「どうせ言葉で説明しても感覚的なものである以上意味はない。減らず口を叩く暇があったらとっとと走れ」
女性と子供にはそれ相応の配慮をするが、それ以外に配慮する心は持ち合わせていない。老いぼれであろうが障害者であろうがすべからく平等……全ては私の好奇心の糧である。
それを察したわけではないだろうがシロー・アマダは再び走——ろうとしてまた弾ける。
見ている分には面白くもない新たなコントでも見ている気分だな。