第二百七十七話
「というわけで居住艦に帰ってきたわけだ」
善は急げというからな。何より後日などにしてはいらぬ策謀を警戒しなくてはならなくなるので事は迅速に済ませるに限る。
「それでその仮面は目隠しされて連れてきたわけか、日頃から変態度が高いが今は更に酷いぞ」
今となっては聖域とも呼べる居住艦に決して快く思っていない変態を連れてこられた上に自身の愛機であるクィン・マンサを操縦……無論シミュレータであるが……させると言ってからハマーンはすこぶる機嫌が悪く、いつも以上に声に棘が多分に含まれている。
気持ちはわからなくもない。元々ここはハマーンとプルシリーズの休息場所として用意したのだから他人を入れるのも、ましてやプルシリーズにすら使わすのを抵抗があるクィン・マンサを全裸に使わせようというのだから当然だろう。
それを聞いた全裸はさすがに黙っていられず——
「ハマーン様、さすがにお言葉が——」
「目隠しの方が一般的なのだから変態度は低い気がするが……な!」
「ッ?!……」
いらないことは言うな。これ以上ハマーンの機嫌を損ねれば後々面倒なことになる。そうでなくても話がこじれるので全裸にだけプレッシャーを掛けて黙らしておく。
ちなみに目隠しをしている理由は居住艦の構造を知られないためというのもあるがプルシリーズが素顔どころかたまに全裸で走り回っていたりするので万が一の事故防止も兼ねている。
プルシリーズは風呂好きの個体が多く、風呂上がりによくそのまま出歩いていたり遊んでいたりする……一応注意はしているのだがなぁ。
「……私が1番クィン・マンサをうまく扱えるのだ」
「そうだな」
何を今更、当然だろうとは思うが口にはしない。あえて言葉にするというのは強い思いがあるからだ。
「そこの仮面は確かに一目置く程度には優れているが、私ほどではない」
「そうだな」
いくら優れたニュータイプでもやはり言葉の必要性、重要性に変わりはない……それに女性は口を動かして不満を解消する性質を持つ、ハマーンもその例に漏れることはない。
しばらく(5分程度)お小言をもらったが、それによって多少は不満解消されたようでハマーンが先行してシミュレータへと向かう。
ちなみにフル・フロンタルはまだ目隠しをしたままでずっと放置だったが……まぁ男だからいいだろう。
「さて、ここなら目隠しも必要ないだろう」
触手でフル・フロンタルの目隠しを外し……仮面も外そうとしたら気づかれて防御された。ちっ。
「それにしてもハマーン様も女性だったのだな。あの会話はまるで夫婦の——」
全てを言い終える前にハマーンが残像を残す勢いで動き、フル・フロンタルの鳩尾(みぞおち)に拳を叩き入れた。
その威力で1mほど後方にあった壁まで吹き飛ぶ。
「フル・フロンタル、口は災いの元だということを心に刻んでおけ。ああ、それと私はパイロットの技量だけでなく、身体能力も上回っている。それが実感できたか?」
これが昔流行った暴力系ヒロインというやつか。リアルでお目にかかるとは思わなかったが……暴力系ヒロインは主人公に対して暴力を振るうのだからフル・フロンタルが主人公?どう考えても噛ませ犬か嫌味な友人程度にしか思えんが——
「肝に命じ——ゴフッ……ゴフッ」
などとくだらないことを考えていたのだが、呼吸からしてどうやらフル・フロンタルは内臓を痛めてしまっているようだ。
とりあえずシミュレータ室に設置されている医療用カメラ(監視カメラと訓練の過程で負傷していないか確認するために医療スキャンが兼ね備えられている)で様子をみると備え付けられている万能細胞で作られた内臓を取り出す。
有無も言わさず四肢を拘束、局部麻酔を打ち込み、腹を掻っ捌き、損傷した内臓を切断、新たな内臓を取り付け、閉じる。
「5分ジャスト……やはりタイムが変わらない……いや、面積を考えれば……」
ちなみに万能細胞で作られた内臓は至って普通の誰にでも使える内臓である反面、機能の強化や改造などが全く施されていないただの内臓である。
いわゆるお客様用というやつだ。
「さて、時間が惜しい。とっととシミュレータを始めるぞ」
「………………色々言いたいことがあるのだが?」
そんなもの——
「「却下に決まっているだろ(う)」」