第三百六話
「ここがあの有名な死海か、静かなものだな」
フル・フロンタルは、サイド5……つまりデラーズ紛争の際には茨の園と呼ばれ、現在は化物の住処と化した宙域を眺めて呟く……その背中には若干汗が流れ、表情もこれから期待した戦いが待っているはずなのに曇っている。
これから化物……アレンと会見し、そして寝食を近い場所で過ごさなければならないことへのストレス……もあるが、実は既にアレンのプレッシャーをガンガンに感じていることが主な要因だ。
(常に見られているような、この感覚はきついな)
共鳴こそしていないが間違いなく存在を認識され、観測されている。
そしてこれがまだミソロギアを視認すらできないような距離で感じるという事実が胃にダメージを与える。
「気持ちはわかるがあまり気を張っていると保たないぞ」
「カリウス中佐か」
内心、お前はこのプレッシャーを感じないからそんなこと言えるのだ、と悪態をつくが次の言葉でひっくり返される。
「アレン博士のこれはいつものことだ。むしろこれでも配慮されている方だ」
「……中佐もこれを感じるのか」
フル・フロンタルはカリウスがこのプレッシャーを感じているとは思っておらず、驚いた表情を浮かべ、それを見たカリウスは苦笑いを浮かべた。
「私も、かの御仁には随分と世話になっている。ニュータイプの素質はよろしくなかったがな」
実際私がニュータイプだと気づかなかっただろう、と告げるとフル・フロンタルは頷くしかできなかった。
「私の能力は随分偏っていてな。かの御仁曰く、送信能力はゴミだが受信能力は及第点、パイロットとしては期待値が高いと言ってもらっている」
「なるほど」
だからニュータイプとわからなかったのか、と心中で付け加える。
しかし、あの化物の世話になるというのは肝が冷える話だ、とフル・フロンタルは考えていると、それを察しようにカリウスは話を続ける。
「かの御仁はある意味公正だ。対価を用意すればそれ相応に返してくれる……まぁこちらの意図をたまに取り違えることもあるが……実際、用意してもらった専用機の使い心地はいいものだ」
「確かに、思うように動く機体というのはパイロットとして得難いものだな」
とはいえ、自分の全てを強制的に晒されるような共鳴の対価としては高価だとは思えないフル・フロンタルだが、これは個人の差であり、その当時にニュータイプであるかないかの差であり、立場の差でもある。
カリウス・オットーはアナベル・ガトーと揃って合流してからハマーン側の人間であったがフル・フロンタルは最初からアクシズの頃から共にいる(とはいっても互いに知っていたわけではないが)にも関わらず潜在的には敵に近い存在であるのだから扱いが違って当然と言える。
「それにハマーン様とは懇意であるのだから、そう悪い対応はされないだろう」
そのハマーン様が犯罪者を問答無欲に始末してもいいと契約が結ばれているというのは知らぬが仏かもしれない。