第三十二話
今回はMSが足りないということで私はお留守番となった。
そう何度も何度も殺し合いなんぞしたくないからよかった。
以前と違い今回はシャアの他にもアンディ、ジェラルド少尉、イリア・パゾムと戦力が充実しているためハマーンが出撃しても大丈夫だろう。
何よりあの時とは違って旧式のMSではなく、シャアは専用に調整されたゲルググ、ハマーンもシュネー・ヴァイスで出られる。
そして相手はアクシズである以上、シャアはともかくハマーンを撃墜することはまずないだろう。
ハマーンはマハラジャ提督の息女であり、次期提督……いや、ハマーンは軍人ではないから次期党首あたりか?……である以上殺す訳にはいかない。
このクーデターはあくまでハト派とタカ派の主導権争いであって党首(お飾り)を巡っての争いではない……はずだ。
それにアクシズの住人から人気のある(イリア・パゾム談)ハマーンを殺したとなると体裁が悪く……まぁそんなものは情報規制かテキトーに病死だとでもでっち上げれば問題ないか?
……本当にハマーンは大丈夫だろうか?
「MS隊が戦闘に入ったようです」
ブリッジクルーの……なんという名前か忘れたが女性のオペレーターの声が聞こえた。
私としては勝敗にはあまり興味はないのだが、このクーデターは野党であるタカ派が仕掛けた大一番であり、引けない戦いだ。
そしてその引けない戦いともなれば全力を持って挑むだろう……そう、それこそ隠してきた切り札などを使ってでも勝ちに行くだろう。
その切り札を私は期待している。
戦略兵器はさすがに使われることはないだろうが……というか戦略兵器なんて作るほどの余裕があるのか疑問だが、戦術兵器ぐらいは用意している可能性が高い。
それの如何によってはタカ派に付くのも辞さない。なんだったら手土産にシャアをくれてやっても良いぞ。今の私にはエロ触手があるからな。シャア程度の捕縛は容易い。
「これは……シュネー・ヴァイス?!」
……正直がっかりだ。
ハト派最大の戦力であるシャア達を迎撃に出てきたのはオペレーターが言っている通り、シュネー・ヴァイス……の後継機だろう。
シュネー・ヴァイスに比べると随分小型化されている点は素晴らしいと思うがあちらにはスミレ准尉がいる。
おそらく彼女が設計したのだろうが……私が期待したのはこれではない。
これは私が時間さえ掛ければ(厳密に言えば視察団に入れられなければ)辿り着いた場所だ。
それに——
「多少機体が良くなった程度で私が育てているハマーン達に敵うはずがない」
案の定次々相手のビットを落としていくハマーン達……しかもビットが落とされていくことに恐怖を感じて精神が不安定になり、相手の殺意がサイコミュから逆流して失神してしまった……いや、失神というには酷い有様だな。
この精神の不安定さに打たれ弱さ、間違いなく強化人間だろう。しかも調整を謳った薬品漬けだろうな、あの攻撃性から察するに。
ああ、そういえば戦闘開始直前に強化人間が何やら思念波を発して探っていたが……もしかすると例の
ケンプファー(元々はファビアンの機体)に乗ったイリア・パゾムがシュネー・ヴァイスII(仮称)を鹵獲して帰還してくる。
「私は格納庫に向かった方がいいかな?」
艦長席に座るナタリー中尉に向かった話しかけると頷くのを確認してブリッジを出る。
ハァ……薬物中毒の思念波は結構堪えるんだがなぁ。仕方ないか。
格納庫に着くとそこには既にケンプファーとシュネー・ヴァイスIIが格納され、コクピットハッチを外部から強制的に開こうとしているところだった。
その作業を眺めているとイリア・パゾムの姿が目に入った。
「大丈夫か」
「……少し気持ち悪いです」
その気持ち、よくわかるぞ。
強化人間という薬物中毒者はニュータイプとは若干違う思念波を発する。
言葉で表すのは難しいが強いて言えばニュータイプは水、強化人間はコールタールぐらい違う。
ただし、これはあまり性質がよろしくない強化人間の話であって質が良くなればほとんど変わらないぐらいになる。
実際、一年戦争末期の頃にはいくらかマシな検体が存在したのだが……まさかここに来て退行しているとは思いもしなかったがな。
もしくはタカ派の指示か?薬物漬けの強化人間は操ることは簡単だからな。
イリア・パゾムは年若いし、経験がないから気分を悪くしても不思議はないが……そうなるとハマーンは大丈夫だろうか。
「これでも飲んで落ち着くと良い」
「……渡すなら手で渡して」
エロ触手で渡して何が不満だというのだ……いや、わかっている。わかっているからスパナを離して話し合おうではないか。
「疲れさせないで」
危うく戦場にも出ていないのに怪我をするところだったぞ。
「コクピットハッチが開いたようだな。さて、ここからは私の仕事か」
「……解剖、ダメ」
「するわけがないだろう。あのような検体、解剖する価値もない」
まだ元の状態の方が使い道があるというものだ。
さて、どのような状態かな……と、これは酷いな。
「……どうにかなる?」
「難しいな。治療自体も難しいが設備と薬品がないことが致命的だ」
アクシズであったなら……いや、せめて私の部屋ならどうとでもなるのだが……一応確認しておくか。
「ナタリー中尉、アクシズの戦局はどうなっているかわかるか?できたら医療所か私の研究室がわかれば嬉しいのだが」
『現在アクシズがどのようになっているかは不明です』
通信から返ってきた答えは予想通りのものだった。
全く面倒な……いっそアクシズに潜入するか?