第三百二十八話
新たな視点で考えてみた。
私はクローンの教育であることから促成栽培の延長で考えてのデジタル学習だったが、欠点が多い。特にニュータイプ能力に悪影響を及ぼすことが問題だ。
そこで考えたのは学習時間を短くするのではなく長くする方法だ。
だからと言って学習時間をそのまま長くするのでは意味がない。学習に時間が掛かるなんて当然のことだ。
ん?意味がわからない?これだから凡人は……時間という概念は色々学説があるがここで関係するのは己を主体とした時間の流れだ。
時間の流れというのは己を主観とした場合、均一ではない。自分の体感では早く感じたり長く感じたりすることは多々ある。
集中していると時間は短く感じる場合もあるし長く感じる場合もある。ボーッ過ごしている時も同じことが起こる。
これを人為的に起こす方法はないか考えたが、簡潔に言うと難しい。同じ過程を辿っているにも関わらず体感時間に違いが生まれるというのは法則性がなく再現性に難がある。
そこで考えたのがタキサイキア現象。(2話に出てくるよ)
元々ニュータイプ能力の片鱗ではないかと目をつけていたタキサイキア現象だが、やはり関係性はあった……が、今はそこじゃない。
タキサイキア現象なら散々研究していることもあって人為的に引き起こすことは容易で計測しやすい。
そしてその状態で網膜に映像を流すことで学習させる。
「……しかし自分で作っておいてなんだがこれはこれできついシステムになりそうだな」
タキサイキア現象を再現して時間を引き伸ばして学習する。
言葉にするとそれだけだが、このタキサイキア現象の状態を維持するのがかなりの負担を強いられる。
それもそのはず、タキサイキア現象は死の間際に身を護るために脳が活性化され、危険回避を行おうとして(通常は脳が回避しようとしても身体が追いつかない)いる。それを維持するということは脳と精神に相当な負担を掛けることになる。
「だが、この負担はニュータイプ能力と関連したものである以上、ニュータイプ能力に悪影響を与えることはないはずだが……とりあえずデータ取りと安全対策のために検体で実験するか」
しかし、最近は交易所のお客さん(海賊だけのことじゃない)も随分とお行儀よく検体の確保が面倒になってきたな。
検体の確保という意味では治安の安定は面倒なことこの上ないな。
ネオ・ジオンの死刑囚を融通してもらうかな。
ああ、そういえば連邦ともっと交流するようにジャミトフから言われていたな。なら連邦にも…………いや、さすがに常識がない私でもこれが交流と言えるかどうかは疑わしいことぐらいわかっているぞ?
本来なら地球に拠点でも構えれば良いのかもしれないが、構えたら構えたで面倒が増えることになるだろう。
物資の消費量が増えるし、外宇宙に出るというのに今更地球拠点と言われてもな。なにより誰を置くかが問題になる。公に使える人的資源はミソロギアには少ない。
しかしミネバ・ザビの即位まで1年程度、それなのに連邦との関係を強化か……そんなに緊迫しているような気がしないのだが、そもそも強烈な敵意を私は感じ取れていない。
ジャミトフの心配性……だと切り捨てるにはジャミトフの経験と知識を加味すると安易だと言わざるを得ない。
とはいえ、どうするかな。連邦との関係強化……エゥーゴ、ティターンズならともかく連邦なんてツテがない。ジャミトフに頼ることになるな。
それに何か土産がいるか……金銭なんてものは無粋、それ以前にそんな金額が私にはない。得ている資金は全て物資に変えているからな。
となると……技術は土産としてはインパクトに欠ける。インパクトがあるものはそれはそれで警戒心を煽る。
「なら私の堅実な手札を切るか」
医療の分野で私に敵う者はいないと自負している。
金持ちや権力者が1番恐ろしいのは自身の死、衰え、不自由な身体になることだ。
金があっても権力があっても所詮己の可愛さに勝てるものなし。
「……そうか、攻めるのは現役の高官でなくてもいいな」
むしろ引退した後の高官の方が重要な可能性が高い。
地球連邦は民主主義なんて謳っているが実質世襲制、つまり上を押さえれば下は黙るとまではいかなくとも配慮しなくてはならなくなるはずだ。
そして引退した人間は情勢を把握せずに口出しすることなんてよくあることだというし、思った以上の効果も期待できる。
問題はあちらからこちらへ出向いてもらわないといけないこと、医療とは命に関わることもあって信頼関係がないと施術は難しいことか。
「いや、まずはストラティオティスの後継機を仕上げるか」
武力あっての国、宇宙なんていう広大な空間でミソロギアという小さな組織が消えてなくなったところで世界は誰も気にはしない。
今、ミソロギア内ではあるビッグイベントが開催されている。
それは——
「アイナさん!出産おめでとうございます!」
「ファさん、ありがとう」
「「「「おめでとー!」」」」
「ありがとうプルちゃん」
アイナの出産である。
実は2ヶ月ほど前からシロー夫妻は正式にミソロギアに所属することが決まった。
連邦、ジオン両方の脱走兵というのはやはりかなりプレッシャーになっていたようで、地球連邦の宇宙軍とも言えるエゥーゴと宇宙海賊の討伐でスペースノイド代表の座を握りつつあるネオ・ジオンに強い発言力を持つことが決め手となったようだ。
私は普通に説明しただけなのだが、シロー夫妻は過大評価しているような気がするが……まぁ決めたのは本人達だ。私が気にすることではないか。
貴重な常識を知る人材を確保できたと喜んでおこう。
「おおぉぉ、赤ちゃん」
「私達にはない時間だね」
「ちっちゃい」
「赤ちゃんは猿っぽいって言うけど……猿って何?」
「猿なんて言ったら失礼だって言ってたわよ!私も猿が何か知らないけど」
やはり初めて触れる自然な生命の誕生にプルシリーズは興味津々なようだ。
そして知識の偏りも相変わらずなのは仕方ないことか、動物関連はどうしても必要がないため個々に学習することになる。
……かくいう私もワオキツネザルがキツネなのか猿なのか最近まで知らなかったからな。文法的に考えればサルなのかと思っていたが、あれはワオキツネザルという種類だったとは思いもしなかった。もっとわかりやすいネーミングを希望する。
「ところで名前決まってるの?男の子だからシローツーとか?」
「いや、確かシローのシは4という意味があると聞いたことがあるからツーローじゃないか?」
「えー、でもなんかかっこ悪くない?」
私の思考が漏らたかと思うようなタイミングでプルシリーズが名前の話題になった……が、その内容に苦笑を禁じ得ない。
まぁ普通は周りの環境を基準にするものだからしょうがないと思う……だからこっちを睨むな、アイナ・サハリン。
言い訳させてもらえるならフォウにも原因がある。
外の人間はもっと色々な名前があるのはプルシリーズも知っている。だが、フォウがナンバーを名前として使っているため、ナンバーが名前として使われるという例があることも知っている。だから自分達の名前同様、ナンバーが使われても不思議はないと思っているのだ。
そう、だから私は悪くない。Q.E.D.
「この子の名前はギニアスよ」
「ん?確かその名は……」
「そう、私の兄の名前よ。この子には兄の名を継いでもらうことにしたの」
「そうか……良い名だな」
あのアプサラスというMA、大胆な発想だが物量も人的資源的にも負けるジオンが勝利するには悪くないものだったと思う。
私としては宇宙では役に立たない足を持つビグ・ザムなどより大気圏内では飛行能力を持ち、少し調整すれば宇宙でも運用できそうなアプサラスの方が優れていると思う。ジオンがビグ・ザムではなくアプサラスに開発を集中していたらもしかすると歴史は変わっていたかもしれない。
もしくは未完成のゼロ・ジ・アールの設計図を私に見せてノイエ・ジールの開発を早める……こちらは無理か。あの頃の私がすぐにノイエ・ジールを開発できたとは思えない。
「そう、あなたから見ても兄は優れた科学者だったと思う?」
「私ほどではないが優れていたのは間違いないだろう。ただ、話に聞く限り病と家の復興で焦っていたのが残念ではあるがな」
「そうね。残念……ね」