第三百三十一話
「面倒なことになった」
モニター越しに顔を合わせるや否や深刻な顔をしてそう言ったのはジーン・コリニー。
「らしくないな。いつものふてぶてしさはどうした」
そして対面はもちろんジャミトフ・ハイマン。
「ふん、知らぬからそんな能天気なことを言ってられるのだ」
「いらん口上はいいから本題に入れ」
「ニュー・オーダーは海賊を切り捨てることにした」
その言葉の意味は普通に聞けば特に何が面倒事なのかわからない内容だ。
しかし、ジャミトフはその裏の意味を正確に把握して手を額に当て、ため息を漏らす。
「なるほど、それは面倒なことだ。お互い」
「さすがジャミトフ、話が早くて助かる。それにしても最近の若造は思考が偏っていかん」
「あの大戦を経験した若者だから仕方ないと言えばそうなのだろうが……地球連邦という大身には力不足だな」
「戦争はさらなる戦争を呼ぶと言ったところか……戦争を始めるのは簡単だが終わらせるのが難しいとはよく言ったものだ」
地球連邦が設立してからは戦争は一年戦争まで1度もなく、身内、派閥など相手に裏での暗闘、圧倒的格下であくまでテロの域を出ない反政府運動程度しか経験がなかった。
その外敵の無さが1世代、1.5世代続き、高年齢のジャミトフやジーン・コリニーですら戦争というものを知らない世代なのだ。
だからこそ連邦は軍閥の拡大を許し、エゥーゴとティターンズの内乱を防ぐことができなかった。
そしてまた新たな火種が生まれようとしている。
「それでいつこちらに仕掛けるつもりだ」
そう、ニュー・オーダーは海賊の切り捨て、それの本当の狙いはミソロギアにあった。
ミソロギアは別け隔てなく何でも売り、非合法なものでも必要なら買う。そして海賊と知りながら物資を売るというのは明らかに犯罪行為——という大義を持ち出しミソロギアを潰そうと画策しているのだ。
しかし、それならなぜアレンがその悪意を察知できずにいるのか?それは——
「全く、私達を使ってエゥーゴとティターンズ……ネオ・ジオンもか?と争わせて競争相手を弱体化させようとは迷惑な話だ」
そう、ニュー・オーダーはミソロギアを潰す画策をしているが、ニュー・オーダー自身は動くつもりがないのだ。
海賊を切り捨てるついでに海賊行為そのものを犯罪組織(ミソロギア)に押し付け、海賊退治の任務に付いているエゥーゴとティターンズ、そしてあわよくばネオ・ジオンを巻き込んで葬り去ろうと考えている。
アレンは『日頃は』自分達に向けられる悪意や敵意の総数で視ている。
一々小さな悪意や敵意など感じていては面倒だし、地球のような生物密集地ではアレン自身が面識がある者でなければ砂漠の中から、とは言わないが田んぼの中から砂金を見つけるぐらいの労働力が掛かるのだから仕方ないことだろう。
「エゥーゴやティターンズには知らせたのか」
「いや、知らせていない。お前達に知らせるのはともかく、あちらに知らせては私がニュー・オーダーに切られる可能性が高くなるからな」
ジーン・コリニーはジャミトフを信用していた。
自身を裏切った存在ではあるが、命は奪われなかったし、あの場面で自身を切り捨てて動き出したジャミトフは恨みはあるがそれ以上に理に適った動きであり、ジーン・コリニー自身も同じ立場だったら同じことをしただろうと思うからだ。
外交とは信用がなければ行えない。そういう意味では赤い彗星であるクワトロ、木星帰りのシロッコは信用性が低い。それにエゥーゴとティターンズ、ニュー・オーダーも連邦の中の組織、どこにスパイがいるかわかったものではない。
そしてなにより決め手になっているのは信用もしていないことである。
信用していないのはジャミトフではなく、ミソロギアの主アレン・スミスのことを、だ。
今までミソロギアが問題らしい問題を起こしていない(表向き)のである程度は大丈夫だと思うが今回のことでアレンを調べた結果、根っからの研究者……しかもマッドと付く類で更にその才能は天才的であることがわかってしまった。
そんなやつと敵対してしまえばどうなるか想像ができないことが恐ろしかったのだ。
だからこそ、事前に情報を知らせることで想像ができない報復……想像ができる範囲ではコロニー落とし、核攻撃、生物兵器などの使用を思い止まらせることができれば、という配慮である。
その意図もジャミトフは汲んでいるのだが——
(必要と見切った場合、アレンはこんな配慮など関係なく躊躇なく使うであろうな)
ジャミトフ自身もそれをよほど軽率な行動でなければ止めるつもりはなかった。
孫的存在であるプルシリーズの命と地球に巣食う人間の命を比べれば断然プルシリーズの命の方が大事と、すっかりお爺ちゃん化してしまっているジャミトフである。
「しかし、そうなると連邦のお偉方がうるさいことになるが」
絶賛連邦高官の取り込み兼治療中であり、その治療も順番待ち状態である。にも関わらずミソロギアを潰そうとするのは連邦の上層部に喧嘩を売ることになる。
「なに、どういうことだ」
ジーン・コリニーはそのあたりのことを把握していなかった。
それもそのはず、アレンの不老もどきは下手をしなくても寿命が伸びる技術である。それは良く言えば失う命が減る技術、悪く言えば老害を量産する技術であった。
そのため、アレン側に制限するわけではなかったが、無意味に情報を広げるようなこともなかった。
なにせ寿命が伸びたことで遺産相続が先延ばしになったり、若返ったことで気力が復活して自分達の息子すらも敵になりかねない状況に陥っているのだ。
「——というわけなのだ」
「……それはワシも受けることができるのかな」
ジャミトフはコリニーに説明を終えるとそう問い返した。
当然といえば当然のことだろう。
「そうだな……今すぐには難しいが7ヶ月先ならなんとかなるぞ」
「つまり下の者達を7ヶ月抑えろと?」
「お互い相手が物分りが良くて助かるな」
ジャミトフは地球圏からの離脱までできるまでの時間を稼ぐ意図をコリニーは見抜いた。
もちろん地球圏離脱の話を知らないコリニーは何らかの防衛策を用意する時間稼ぎだろうと読んだのだが。
ちなみに地球圏から離脱する話は今のところミソロギア以外だとネオ・ジオンの武断派の上層部しか知らなかったりする。
アレンは武断派からアナハイム、アナハイムから連邦に伝わると思っていたのだが、武断派の上層部は律儀にも情報を漏らさずに秘したままであった。
勝手にいなくなるというならいらない行動を起こしていらぬアレンとハマーンの怒りを買う必要はないという判断である。
「……わかった。なんとか抑えよう。他に何か必要なことはあるか」
「これ以上は裏切りを疑われるだろうから必要ない。なにせ連邦が過剰とも言えるほど優遇してくれているからな」
現在、恐ろしいほどの物資がミソロギアに流れ込んできている。
その結果、キュベレイ・ストラティオティスIIは30機が、キュベレイ・ストラティオティスも120機、MD(既存MSのMDしたものとカヴリをあわせて)が500機が配備され、母艦が4隻となっているのだが。