第三十四話
「とりあえず捕まえるか。イリア・パゾム、手伝ってもらうぞ」
「……騒ぎ、厳禁」
イリア・パゾムが言いたいことはわかる。
隠密行動中に騒ぎになりそうな行動は慎むべきと言いたいのだろうが、既に彼女はここに誰かがいることを察知している。
それに——
「彼女を放置していくと被害が拡大するぞ」
ニュータイプ専用機が何機あるかは不明だが、もし彼女があの新型ビットを使えば、シャアやハマーンが相手をしない限り、ハト派の被害は……最低10、最悪40ぐらいは出るだろうな。
もしニュータイプ専用機がなかったとしてもニュータイプというのはそれだけで脅威だ。
「了解しました」
「では私が触手で牽制、本命はイリア・パゾムだ。……いくぞ」
頷いたのを確認してドアを開ける。
私達が出てくることを知っていたかのように——まぁ正確には感じ取っていたのだろうな——警戒して身構えているが、その動きはあまりに未熟……まぁ私よりは良いが軍人である彼女が研究者の私と比べるのは無駄な話だ。
さあ、ゆけっ、エロ触手よ。獲物(検体)を捕縛するのだ。
「ちょっと?!なにこれ?!」
私の思念に応えるようにエロ触手がその役割を果たそうとヤヨイ・イカルガに襲いかかる。
最近は度々見かける光景であるから麻痺していたが、対象者が変わればまた新鮮になるのだな。
しかし……やはりというか私のエロ触手は見事に躱され、捕らえることができない。
エロ触手は有線式ではあるが中身はビットとほぼ同じであり、そのビット自体の欠点として思考の向いている相手(つまり攻撃対象者)がニュータイプである場合、思念波が相手に伝わり、未来視をしているかのように回避されてしまう。
それと同じようなことが起こるのではないかと思い、私が牽制でイリア・パゾムが本命としたのだが……この見事な避けられっぷりはどうやら正しかったようだ。
ちなみにハマーン達も真剣に訓練している(エロ触手から逃げ惑う)のだが、やはり本当の敵とは違いが有りすぎるためなのか、それとも最近は共にいる時間も長いことから来る慣れ、もしくは信頼関係なのかは不明だが、直感力、感応力、動体視力などが十全に発揮されないでいる。
だからこそ、私のエロ触手でも捕まえることができるのだがな。
ヤヨイ・イカルガがエロ触手に集中しているところでイリア・パゾムが近づく。
さすがにニュータイプ能力はともかく、運動神経がイマイチよろしくなさそうなヤヨイ・イカルガでは対処が難しかったらしく、イリア・パゾムが肉薄する。
「……ふっ!」
「——————っ!!!!」
「あ、馬鹿!」
そして正拳突きを1発をヤヨイ・イカルガに叩き込む……私が見たところほぼ全力で。
「イリア・パゾム!今自分がどんな状態か忘れたのか!」
「……?……あっ」
実はサイド3で開発したある物をイリア・パゾムで試験運用している。
それは私が調合した特製のプロテイン(?)だ。
不安、危険、不快の違法性99%の不親切設計プロテインではあるが効果は折り紙付きで、その一角として紹介すると現在のイリア・パゾムの握力は120kgを超え、更に成長が期待できる。
ちなみに服用後、睡眠中に激しい痛みに襲われるため強力な痛み止め(世では麻酔)を使うか、それを耐える強靭な精神力が必要となる。
もっともこんな便利なプロテインであるがイリア・パゾム専用に調整した物であるため他の者が使用すると高い可能性で拒絶反応を起こし、半数は死ぬことになるだろう。残りも……。
そんなイリア・パゾムが手加減ほぼなしの1発なんてしたりしようものなら——
「あー……内臓ぐちゃぐちゃ、もう本気で死ぬ5秒前だぞ」
「……」
しゅん、としているイリア・パゾムも愛嬌があるが、それに取り合っている場合ではない。このままだとヤヨイ・イカルガが死ぬことになる。
2本のエロ触手で身体を抱え上げ、残りの2本は私自身の身体をサポートさせて部屋に運び込む。
ある程度治療が済んでいるレベッカ・ファニングは放置してヤヨイ・イカルガの治療に取り掛かる。
「不幸中の幸いというか、内臓系のクローンを作っておいてよかったな」
マハラジャ提督の命令が思わぬ形で命を救うことになった。
そして思わぬ人体実験にもなった。
まだ人間に使ったことはないのだが……一応データでは大体の人間に適応するとデータでは出ていたが……さて、どうなるかな。
予定外のことで時間を食ったが何とか2人の治療を完了した。
「……レベッカの耳がエルフに、ヤヨイの目がオッドアイに……」
……決して余計な改造をしていたから時間を食ったのではない。
リザードマンの皮膚はさすがに女性には似合わないからそのうち男の検体で実験してみるとしよう。しかし問題である皮膚の軽量化も検討せねばならないか。
それはともかく、ヤヨイ・イカルガの足跡をハッキングで全消去してからハト派の拠点に無事帰還。
帰りは荷物が増えて大変だった。イリア・パゾムが。
「ヤヨイ?!」
ん?リカルドの知り合いか?クレームが無ければいいが……とりあえずは見た目に変化はないし、問題ない——
「おや、そこにいるのは……」
「アレン博士!」
「やはりスミレ准尉か、無事だったようで何よりだ。てっきり君はあちら側だと思っていたのだが」
軽く解析した結果、予想通りトゥッシェ・シュバルツの構想は間違いなくスミレ准尉のものだったし兵器開発部自体がタカ派寄りである以上仕方ないと思っていたが。
「ええ、私は確かにクーデター側についていました……いえ、抜け出すことができませんでした」
話を聞いているとそもそも私がアクシズに帰ってきたら私の下へ来るつもりだったそうだ。
ベッキー……レベッカ・ファニング少尉は元々同期で親友の間柄で、ニュータイプの研究の過程で変わっていく姿に心を痛めていたそうだ。
……イリア・パゾムから視線を感じる。まぁ当然か、私も同じ穴の狢であることは自覚している。
最近ではプロテイン(?)の人体実験までしているからな。一応言い訳をさせてもらうなら人格を変えるつもりで変えたのではなく、結果的に変わったのだ。
……おっと、イリア・パゾム、先程のことで学習しなかったのかね。君の一撃は常人以下の身体能力しかない私にとっては間違いなく必殺だぞ。