第三百四十五話
「えっと、確か最上位って後ろから追いかけて来るやつだよね」
「そのはず」
「ならあの気持ち悪いのも相手しなくていいんだ」
MDを操作するプルシリーズは戦場の中で場違いであるがホッとする。
人というのは未知に興味を惹き、同時に恐怖も抱くものである。
そして未熟な下位ナンバーにとっては恐怖の方が強かく、戦闘を避けられるのは軍人としては失格でも人として安堵してもしかたない。
同時にMDを操作するプルシリーズどころか母艦に乗る全てのプルシリーズが背筋が凍る。
軍人として失格——それはプルシリーズにとって許されることではない。
この任務後間違いなく、アレンの特訓という名の地獄が待っているだろう。もちろんパイロット以外も連帯責任として。
「いや!いや!いや!」
「まだ、まだよ。まだ減刑されるチャンスはあるわ!眼の前に」
「軽減ってもう罰を受けることが確定してるぅ?!」
「——で、これ以上の失態は万死」
「だね」
「ですね」
動揺、混乱から一転、赤子をも殺すという気迫を放つ。
それはニュータイプではない迎撃部隊にも感じ取れた。
ちなみに不可解な海賊達が延々と襲い、自爆までして無人兵器だと疑われない要因はこれにあった。
下位ナンバーがメインで戦っている以上、失態、失点、失敗は付き物である。つまりこのような事態は少なくともアレンにとっては既定路線なのだ。
そして、この失態を犯してからのプルシリーズの気迫は先にも述べた通りニュータイプではない者でも察することができる。そしてその気迫があるばかりに不可解な海賊達が無人兵器であるという可能性を否定的にさせ、その結果が不可解な海賊達という呼称に至っている。
「殺す」
その言葉でプルシリーズ達の意識が変わる。
今までは当たり前のことを当たり前のように行ってきただけだった。
幾ら実戦とは言っても所詮はMDによる安全な場所からの一方的な殺戮。殺意が向けられても安全であるなら多少気後れしても大きな意味をなさない。
しかし、今、プルシリーズには明確な生命の危機……九割九分九厘殺し(たまに死ぬけど復活させられる)と言われるアレンによる特訓……が訪れようとしている。
なんとか八割殺し程度に(これなら死ぬこともない)なるように——殺すことを明確な目的とした。
「こいつら、今までが本気じゃなかったのか?!」
迎撃部隊の隊長の言葉は正しくもあり間違いでもあった。
今までも本気と言えば本気だった。しかし、どちらかというと戦闘行為というよりデータ取りがメインであったが、今度は殺すことがメインとなったに過ぎない。
「死にたくない死にたくないの!」
「首置いてけぇ!」
「……死」
ジェガンは実のところ、MDとの相性はあまりいいものではなかった。
ジェガンのコンセプトはザ・汎用機であるわけだが、攻撃力も防御力も機動力も申し分ない。
しかし、その汎用さ故に武装がオーソドックス過ぎた。
MDが相手で、しかもパイロットも下位ナンバーとはいえニュータイプを相手するのに面制圧を行える兵器が精々が連射性が優れているバルカン程度しかないのだ。
これがネオ・ジオンに配備されているギラ・ドーガなら単発式と連射式に切り替えられるビーム・マシンガンがあった。
つまり、何がいいたいかと言うと——
「くそッ!止まらねぇ!!」
そう、ビームライフルやバルカン程度でMDは止まらないのだ。
増援の6機が加わり、合計14機になったところでそれは変わりない。
ビームライフルという点の攻撃が14になった程度では本気になったMDは止まらない。
接近戦となると自爆を考慮するとさすがに腰が引け、後ろに下がりながら撃つ引き撃ちでは多少の時間稼ぎにしかならず、逃げに徹すれば機動性の差で追いつくことはないが後ろから放たれるビームライフルを回避し切れるのかという問題が発生する。
「隊長を守れ!」
「おう!」
彼らは不可解な海賊達が狙う隊長をカバーに入った……しかし、それは彼らの勘違いである。
「やっぱり——」
「予想——」
「通り!!」
プルシリーズに与えられたのは最上位パイロットの抹殺。隊長は上位であっても最上位ではない。
なら最上位パイロットはどこにいるのか——隊長のカバーに入るべく、不可解な海賊達との間に割って入っていた。
つまり、プルシリーズは見事釣り出しに成功したのだ。
不可解な海賊達はスラスターを本当の意味で全開させ、迫り来る弾幕も先程までとは違い、必要最低限にダメージを受けないように回避するものではなく、機体が保つ最低限の回避行動。
時に装甲を掠り表面を溶かし、時に大穴を空け、時に腕がもげる。
しかし、その速度は落ちずに最上位パイロットことカインの機体に迫る。
「この!!」
シールドからミサイルランチャーを苦し紛れに放つが、ビームよりも遅いものが効果的だと思っておらず、予想通り掠りもしないが本命のビーム・サーベルを抜き、斬りつけるモーションに入るまで時間はできた。
しかし、残念ながら不可解な海賊達に近接戦闘は悪手である。
「すごいね。未来が視えるってこんな感じなのね!」
未来予測システムによってMSの斬撃程度なら全て見切れる。
そう、たとえ中破と言っても過言ではない状態だったとしても組み付くことぐらいはできるぐらいには。
「あ、私の機体の残量じゃ足りないっぽい。結構激しく動いたもんねー」
「こっちも少ない」
「えー、じゃあ今回はこれで終わりかー。じゃあアナウンス入れるよー」
3機のMSが1機のジェガンに張り付く光景は異様である。
必死に動いて引き剥がそうと動くジェガンだが、それも視えている以上対処されてしまっている。
ビームライフルなんて既に無い。
普通に戦っていたら、もっと敵を撃破することもできたし、データも集めることができた。
だが、それではこのパイロットを殺すことはおそらくできずに終わっていただろう。
だからこそ——
『ここに新たなる戦士の墓標が生まれる!参列者はかの者を褒め称えよ!』
共通回線で突然流れる男とも女とも取れる合成音声が宣言、そして——4機のMSは大きな大きな火玉となった。
MD3機による自爆である。
「カイィィィン!!」
己を庇って死んでいった(ように見えるが本当の狙い)部下の名を叫ぶ。
「お疲れー」
「お疲れ様ー」
「乙」
「いやー敵ながらあっぱれだね」
「本当にねー」
「しかりしかり」
「でもやっぱり最後の一言は余計だと思うんだけど」
「アレンペールの指示。仕方ない」
「まぁそうなんだけどねー」
「……あんたら、それで済まされると思ってないわよね?」
如何にもやりきった感を出すパイロット達に底冷えするような声、そして絶望と不安とやるせなさなどの負のオーラが襲いかかる。
「あの、その……」
「話せば分かる。ニュータイプだもの」
「話し合おう。姉妹じゃない」
「うんうん、OHANASHIはとても大事よね」
そしてこの後3人の姿を見たものは誰も居なかった。