第三百四十八話
今更、本当に今更だがプルシリーズは日々過酷な訓練を施している。
それは肉体的にも精神的にも厳しいものであることは想像に容易いだろう。
ちなみに肉体的訓練、簡単に言えば筋トレは通常の人間とミソロギアの人間とでは意味が異なる。
なぜなら通常の筋肉を鍛えるというのは身体が外的要因で変化しないこと前提だからだ。しかし、ミソロギアでは私がいることで駄目になった部位は取り替えられるし、その部位は既に鍛えられた状態である。
ならなぜ訓練を行うかというと新たな肉体の把握と最適化、更なる進化のためのデータ取りである。
取り替え用の身体の部品は初期状態で鍛えられているが、人間の感覚というのはクローンであるプルシリーズでもそれぞれ違う。それに合わせるように筋肉を動かして把握、動きやすいように最適化させ、更に上回る部品を作り出すためにデータを取る。
ああ、後、当然ながら部品のスペックを落とさないように維持という意味もあるが、そこは通常でも変わらないので省く。
だが、肉体的訓練はあまりプルシリーズにとって苦になっていない。どんなに苦しくても傷ついても訓練が終わればほぼ回復するのだから当然と言えば当然だ。
問題は精神的訓練……もっと正確に言えばニュータイプ能力を鍛える訓練が不人気である。
私がどんなに医学を極めようともニュータイプ能力はその精神的な疲労、摩耗で鍛えられる関係上、効率化することはできてもそれを癒やすのは難しい。
なにより精神を殺してしまえば、まだそのような者が出ていないので正確にはわからないが、回復させることはほぼできないはずなので私としてもある程度慎重に行っている。
そうした精神的訓練の中で人気の訓練がある。
それは対ニュータイプ用訓練だ。
「じゃあシャッフル終わったから配るねー」
「あ、私飲み物取ってくるけどなんかいるー?」
「じゃあホットミルクとクッキー」
「アイスコーヒーとチョコを所望」
「ミルクティーとパンケーキを頂きたいわ」
「って皆無かったの?!」
「先程の戦いがなかなか決着つかなかったから仕方ないよ」
笑いながらカードを素早く配り終えるとそれぞれが配ったカードを確認し、2枚ずつ掴んではテーブルの中央に捨てていく。
飲み物と頼まれたおやつを手に持って返り、配り終えたプルシリーズも席につくと同じようにカードを確認して次々と捨てていく。
ちなみにミルクは動物性のものではなく、合成で作り出したものだ。ミソロギアには牛やヤギなど乳製品に使える動物もそれなりに飼育している。
しかし、コロニー育ちのプルシリーズにとって通常のミルクをあまり好まないことが多い。これはミソロギアに限らず、富裕層を除くスペースノイドの多くはこの傾向が強い。
私はスペースノイドではあるが、食べ物にこだわりはそれほどない。さすがに病原菌の塊であるネズミなどは例え食用として育てていても食べる気にはならんが一般的なものなら問題ない。
まぁそんなスペースノイドが地球侵略、占領なんて最初から無理な話だったということだな。
スペースノイドの多くは人工合成食材を食べているか、食材の原型を知らずに生活している。そもそもスペースノイドにとって魚は管理された水槽の中にいるもので、海や川などで泳いでいるものだとは知識では知っていてもそれを口にしているという自覚がなく、虫やプランクトンを食べる水中にいるゴキブリとあまり変わらないものだと思うものまでいると聞く。
話が逸れたな。
「じゃあ始めるよー。切ったのが私だからそっちからだねー……って辛?!クッキー辛?!」
「ふっふっふ、眠気覚ましクッキーだよ。戦いはもう既に始まっているのだ!さて、じゃあ私から取るよ」
開始を宣言するとテーブルを囲うプルシリーズは最後に1枚のカードを手札に加えて全員真剣な表情になり、気配が増幅するのを感じる。
プルシリーズがやっているのはトランプのもっともオーソドックスなゲームであるババ抜きだ。
何も知らない他者が見るとただ真剣にババ抜きをして遊んでいるだけに見えるだろう。しかし、これは立派な訓練だ。
「……」
「……」
カードを引く側と引かれる側の心理戦。
ニュータイプ対ニュータイプの戦いにおいて大事なのは相手に心理を読まれないこと逆に相手の心理を読むことである。
このババ抜きは特殊ルールとしてババであるジョーカーは全員1枚ずつ持つことになっている。そしてジョーカー以外の全てのカードがなくなった段階でもっとも多くジョーカーを持っているものか、ジョーカーが4枚全て1人のプレイヤーに集まると決着だ。
一般人がこんなことをすればプレイ時間があまりにも多くなるが、訓練なので問題はない。
それにプレッシャーや共鳴の連発で精神的疲労は貯まるもののそれでも摩耗はしないことがプルシリーズに人気な理由である。