第三百四十九話
「よろしく頼む」
平静を装いながら挨拶をしているのはニューオーダーの2トップの片割れ、ジーン・コリニーだ。
ニューオーダーを抑え込むという取引の対価である不老もどきの処置を受けにミソロギアまで来たわけだ。
「それほど心配することはない。ここは連邦などよりも法と契約は守られる」
ジーン・コリニーの固さを察した私と共に出迎えたジャミトフが声を掛ける。
ミソロギアを利用する上で最初に説明することだ。
違反した場合、悪しき魂は真っ白な魂へと浄化(物理)されることになるだろう。
そういえばプルシリーズの治安維持の成果で、用意している宿泊施設は常に満室だと聞いている。
後ろ暗い者達は命を狙われることが多く、命を狙われることが多々あるが余所だと自由が減る。ミソロギア内では限られた空間ではあるがほぼ自由にして居られることに人気が呼んでいるようだ。
それも後1ヶ月後には終わるんだがな。
「噂には聞いている。しかし、マフィアの懐に飛び込むというのはいささか勇気がいるのだよ」
「ここに流された身としてはその気持ちはよくわかるがな」
いや、私達はマフィアではないのだが……まぁだからといってなんの会社だと言われれば少し返答に困るが。ただ、私達がマフィアならアナハイムもそうだと思うぞ。
「さて、挨拶も済ませたところで今後の予定だが、健康診断を受けてもらい問題がなければ今日中、何かあった場合でも2日以内には健康な状態にすると約束しよう。ただし、場合によっては1週間ほどリハビリを行う必要があるが?」
「ああ、予定は空けておいた。……それにしても本当に若いのだな」
私を見ての感想は大体は若いか化け物かの2択だから今更感情を乱したりはしない。
「不満か?」
「不満はないが少々意外だったのだ。君の資料はあまりに少ないのでね」
ほう、連邦ではそれほど私のことを調べられていないのか。フラナガン機関に所属していたのだから多少は……そうか、それも10年以上前の情報になるのか。時が過ぎるのは早いとたまに聞くが、確かに思い返してみると早いと感じるな。
それにネオ・ジオンではほぼ独立していたし、ミソロギアを手にしてからは引きこもっているし情報がなくても当然か。特にジーン・コリニーは過去も現在も非主流派でシャアやシロッコとも縁がないだろうし。
「なら問題はないな。早速検査するとしようか」
結論から言うと胃癌ステージ3と転移も確認できた。ついでにいえば合併症も引き起こしていた。
本人に癌の自覚症状はなく、むしろ合併症の方が自覚があったようだ。
そして問題は半年前とはいえ人間ドックに入っているにも関わらず発見されていなかったことか……連邦の医療機関は大丈夫か?もしかするとジーン・コリニーを合法的に暗殺しようとでもしていたのか?
まさか自分が癌になっているとは思ってもいなかったようでそれを話すと固まっていたな。
「それで治るのか」
「治せなければこんな商売成り立たないな」
「そうか……改めてよろしく頼む」
改めて思うが医者というのは強い立場だな。
命を取り扱う職業であることから権力者や金持ちすら頭が上がらない存在だ。もちろんそれ相応の技術があってこそだが。
「とりあえず頭部以外は全換装かな」
「ぜんかんそう?」
言葉の意味が理解できていないジーン・コリニーは首を傾げ、それを察したジャミトフが説明している。同行させて正解だったな。私が一々説明する手間が省ける。
正直、癌の治療は面倒なのだ。
分かりやすく言えばほとんどの癌は細胞の突然変異の堆積によって引き起こされる。
そして突然変異した細胞は血液によって他の場所に移動し、他の細胞にまで影響を及ぼす、これが転移だ。
問題はどのようなステージでも転移の可能性はあるが、今回はステージ3と初期段階を過ぎている以上、身体中に転移しているだろう。もちろん転移したところで癌と言えるまで成長するかどうかはわからないが、患者の要望を叶えるとなると頭部以外を全換装、つまり首から下を全て新しいものに替えるということだな。
「…………そんなことが可能なのか?」
「可能だ。既に成功例は12、それに近い症例を入れると59か」
ちなみに近い症例というのは肩から下を換装、頭部と四肢を残して胴体のみ換装などだ。
「失敗数は?」
「何を言っているのか理解ができないな。私が失敗?実験ならともかく実践で?私が?」
「いや、人間、誰もが失敗するものだろう。特に生物に関することは」
「まぁ理解はできる。調教や躾の類は難しいし、ニュータイプの訓練に使うからな。しかし、この程度のことで私が失敗するわけない」
そもそも全換装手術に関して言えば、一般的な治療よりも難易度が低い。
普通の手術だと基の機能を残すために健康な部位を残す必要がある。それに比べて全換装は頭部を残しておいて他は全て取り替える。つまり切断した首の健康さえ維持してしまえば後は新しい身体に替えるだけなのだから細かいことは気にする必要はない。
……しかし、不死鳥の会はなぜアレだけデータやノウハウを譲渡これを再現できないのか……理解に苦しむ。
「……わかった。お願いする」
「それから顔の整形はどうする?画像データがあれば若かった頃のものを再現するが?」
「いや、それはやめておく。今それをしてしまえばややこしくなる」
いきなり組織のトップの顔が若返っていれば下の者が混乱しても不思議ではないか。