第三百五十二話
「ミネバ・ラオ・ザビの即位式にハマーンの退任式か華々しいものだったな」
ネオ・ジオンにとってここが大きな転換期となるだろう。
ハマーンを失うことはアクシズから続く体制を再構築する機会だ。良いか悪いかはわからんがな。
ただ、体制を変えるというのはそれ相応のリスクが伴う。
ハマーンはミネバに基盤は築いたからしばらくは大丈夫と言ったそうだが、それは自分を過小評価というものだ。
ネオ・ジオンは多少の乱れはあろうと、平穏を保っていたのは間違いなくハマーンの手腕によるところが本人が思っている以上に大きい。
実際私が探ったところ、ミネバの即位式では喜色一色だったのがハマーンの退任を発表して軍や民衆からは不安が湧き出ていることを感じた。
これはある意味軍政の欠点かもしれない。
軍政というのは軍の力を以て統治を行う関係上、民衆の意思は反映されず、軍という階級で思考を固めたもののために意思を作り変えてしまう。
そのためハマーンがどれほど必要とされているのか、支持されているのかは分かりづらいのだ。
ニュータイプとして優れているとはいえ、私ほどではないハマーンでは距離の離れた人間の感情を察するには激しい感情でなければ難しい。
「そんな不安を抱えながらもハマーンの退任を引き止めることができないのが軍政ゆえか、それとも人間の業か」
決して引き止めた人間がいないというわけではない。
しかし、その心を口にしたのは極わずかだった。
「あの迷言のせいか?」
ハマーンは退任式の締めくくりのこう言ったのだ。
「普通の女の子に戻りたい!」
ネオ・ジオンで過ごす時の標準である宰相という仮面を外して、ミソロギアで見せる普段の表情で晴れ晴れと。
その宣言は確かに心に来るものがあるかもしれない。
そもそもハマーンが宰相に就任したのは15歳、現在ですら28歳と政治家、軍の将官どちらにしても年若い。
ジオンの残党に過ぎなかったアクシズを国家まで押し上げた存在が28歳、しかも15歳からということは13年間も宰相として戦い続け、勝利し続けた英雄が普通に戻りたいと言っているのを止められるかと言えば……うん、改めて考えると無理か。
そうか……あれから13年も経ったのか……身長が変わらないのはなんでだろうな。
「アレン、こちらの予定も決まったぞ。4日後だ」
「そうか」
私達が全世界から悪とされる日が決まったようだ。
その日にニューオーダーによって全世界に向けて放送がされる予定だ。
「それにしても盛り過ぎたか?」
いっそのこと私達に悪という悪を背負うことにしようと、実在した悪を私達の罪状とするようにしている。
例えばガトー達が行ったコロニー落とし、例えば連邦が秘密裏に行っていた非合法、非人道的なニュータイプ研究、例えば関係ない海賊行為、例えば戦略級の核保有、例えば生物兵器の保有、例えば重要人物の暗殺など捕まれば死刑ですら生ぬるいことになりそうな罪状の山が用意される予定だ。
もっとも私が戦死せずに捕まったとしたら殺されることはなく、延々と不死もどきを施したり、大人のおもちゃ(意味深)などを作ることになるだけだろうがな。
負けるつもりはないが。
「なんということだ」
シャアは私室で頭を抱えていた。
「ど、どうするの、アレンさんを敵に回すなんて……」
動揺が隠せないナタリーはシャアに問うた。
今2人に入ってきた情報、それはニューオーダーが3日後にミソロギアの弾劾を行うというものであった。
「ナタリー」
「はい」
「ハマーンはどうすると思う」
「ネオ・ジオンの宰相を辞めるタイミングが良すぎです。間違いなくアレンさんと共に……」
「だろうな」
シャアもそれはわかっていた。わかっていたが確認せずにはいられなかった。
「アレンとハマーン……それに彼女の懐刀、イリア・パゾムもいると考えるべきだろうな」
「間違いなく」
事実、イリア・パゾムは唯一のミソロギアへの同行者である。
マシュマー・セロやキャラ・スーンなどもハマーンと共にミソロギアへ来るつもりだったが、退任式の言葉を聞き、ハマーンを上司として慕う自分達が同行しては普通には戻れないだろうとネオ・ジオンに残ることを選択した。
「今からニューオーダーを止めることはできないの?」
「冤罪が含まれているとはいえ、一部は事実、止める大義がない。むしろ止めようと動けばこちらも瓦解しかねない」
元々非道な手段を用いるティターンズに対抗する形で生まれたエゥーゴが非道な行いをしているというアレン達の行いを隠す、擁護するようなことをすれば矛盾によって内部分裂を起こす火種が生まれることになる。
「でもアレンさん達は宇宙にいるのよね。となると——」
「ああ、私達が捕縛に向かうことになる。そして大人しく捕縛されるようなことはないだろう」
「そう……よね」
「そして私も戦場に立つしかないだろうな」
「……」
ナタリーは我慢できずシャアに抱きつく。
相手はアレンとハマーンである以上、組織のトップだからと後ろにいる余裕はない。
シャアはこの戦いは難しい状況判断が要求されると読んでいた。
なにせ今回の戦いに参加する勢力はネオ・ジオンの同行はまだシャアは知らないがエゥーゴ、ティターンズ、ニューオーダー、そしてミソロギアと数が多く、誰がどれだけ被害が出るのか、どれだけの戦果を出すのか全く想像ができないからだ。
唯一わかっているのは簡単な戦いにはならないだろうということだけである。