第三十六話
マハラジャ・カーン死す。
実はタカ派による毒殺も疑っていたのだが、どうやら検視の結果、本当に病死らしい。
サイド3の視察前に彼の病気に気づいていたなら治療できていた。しかし、クーデターの鎮圧が終わった後に診察した時には体力が保たない……いや、体力云々ではなく、気力だけでハマーンの帰りを待っているような状態だったため手術なんぞできなかった。
しかし、ハマーンが死に目に会えたことは幸いだった……まぁ人間としての感情では幸いと言えるが研究者としての思考的には後悔と怨嗟の感情を抱けばニュータイプとしてまた次のレベルに行けたのではないかと残念な思いもあるが……紳士として、仮面を被って過ごした。
……まぁ近くに居たイリア・パゾムには呆れたような顔をされたから気づかれていたかもしれんが。
葬儀は内容は地味に、しかし大規模に行われた。
そしてその大舞台でハマーンが摂政就任を宣言している……喪というものはこのアクシズにはないのだろうか?
まぁそれらはどうでもいい。
ハマーンが摂政となると同時に私にクローン開発の許可を出した。
どうやら彼女はある意味現実的で、ある意味夢想家であるようで、連邦と戦うなら兵力が必要で、それを補うためにクローンを投入するつもりのようだ。クローン兵が量産できたところで連邦との国力差を考えれば戦争に勝つというのは既に妄想の世界だ。
一年戦争当時はMSというバランスブレイカーが存在したがクローン……例えニュータイプのクローン兵を量産できたところで戦争に勝つことはできない。
いや、戦争自体に勝つことはできるかもしれないが倫理観から逸脱したクローン兵の量産などが世間にバレでもしたらその段階で破滅する。
もしくは……ハマーンは始めから……
「何にしても研究ができるのは良いことだ」
「……なんか私、とんでもないことさせられそうなんですけど」
「気にするな。こちらは私だけで研究する。さあ、スミレが持ってきたガンダリウムγを使った開発をしようではないか」
なんとスミレは兵器開発部を抜け出す際にガンダリウムγの研究データを盗み出し、その元のデータを消して来たという。
なかなか豪胆だな。私も気をつけないと同じようなことをされかねんな。
「やはりまずはテンタクルをパワーアップ——」
「違いますから!ガンダリウムγを使った量産機とハマーン様専用のMSの開発です!」
……残念だ。
せっかく軽量で丈夫な素材が手に入ったのだからテストしてみたかったが……致し方ない。
「確か兵器開発部からガンダリウムγを使った量産機の設計図を手に入れていると言っていたな」
「はい。こちらです」
ふむ……ドムの系譜か、どうやら一年戦争末期に開発されたMS-09Sドワスを踏襲した、と言ったところか。
しかしドムの系譜であるということから重装甲をコンセプトとしているようだがビームが主流となってきている現在では時代遅れのように思う。
もちろん最低限の装甲は必要だろうがデータ上では必要以上に厚すぎる。
「私としてはガルバルディ系(ギャンの高機動とゲルググの量産性を合わせた系譜という意味)を参考にしたらいいと思うのだが」
「それが……連邦でガルバルディの後継機を作っているという情報があり、上層部はそれを嫌ってまして」
……まぁ気持ちはわからんでもないが優秀な機体をそんなことで捨てるのはどうかと思うぞ。
「それにパイロット達はザクやドムと言ったジオンのMSの象徴と言える者が好まれますし……」
やはりゲルググ系は人気がないのか……盾もあり、癖もない使いやすい機体なのだから新兵が多いアクシズに打って付けだと思うのだがな。一年戦争を経験したベテラン達ならドム系が好まれるのも……ああ、あれか、ベテランが新兵を教育するからザクやドムが玄人好み、ゲルググや新機軸のMSは素人が乗るMS……なんて吹聴している可能性があるな。
この手の習慣は古代からあって研究者、開発者からすれば甚だ迷惑なことだ。
ブランド力と言えば聞こえが良いが、それは実も伴っていればの話であり、石の斧を最新の武装だと言い張られ、受け入れられては困る。
そういえば査察中に設計した現行機の改修案も提出しないといけないがガンダリウムγを採用するとなると再設計しなくてはならないか。
「幸い外見だけならどうとでもできるだろうから問題ないがな」
「そうですね。ただ、ドム系だと中身がスカスカになりそうですから何か考えないといけませんけど」
とりあえず量産機に関しては汎用性の高い、新人には使いやすく、ベテランには納得できるMSを目指すことにしよう。
「ハマーン専用機に関しては一応査察の道中に設計をしてみたが……スミレも設計しているのだろう?見せてもらえるかな」
「はい。開発部から手に入れたデータを私なりにまとめて見たんです……あまり自信ありませんが……」
そう言って見せてもらった設計図は……なるほど、ハマーンが可愛いMSを希望していたが、私には理解できなかった。しかしスミレの設計したMSはおそらく可愛いと言えるMSだ。
「……よし、少なくてもデザインはスミレのものにしよう」
「え、いいんですか?というかアレン博士のも見せてくださいよ」
「……わかった」
さすがに自分だけ見せないのは不公平であるため広げてみせる。
「……中身は私のより良いんですけど……ハマーン様が求める可愛さとは方向性が違うと思います」
「やはり青狸ではダメだったか」
私がザクレロを作ったのを知って頼んだのかと思って設計してみたのだが……そもそも耳がない青狸などなぜ作ろうと思ったのだろうか、過去の私は。
そもそも丸い手ではビームライフルもサーベルも装備できないではないか。
「それにしても名前をキュベレイとは……男は去勢しろと言っているのだろうか?……まさかスミレがこの名前を?」
「い、いえ、開発部の試作データに掲載されたものをそのまま使っているだけです!」
そうか……キュベレーといえば正確にどこの神かまでは思い出せんが確か古代のギリシアやローマで崇拝されていた大地母神で、そして去勢した男性が好んで崇拝していた神だったはずだ。
「へー、そうなんですか」
「まぁそんなことを知っていて決めたのかどうかは疑問だがな」