第三十八話
スミレとあーでもないこーでもないと議論していると部屋のドアが開いた。
「…………」
「ひぃっ」
入ってきたのはハマーンであった。
それ自体に驚く要素も恐れる要素は私にもスミレにもない。
しかしスミレからは小さくではあるが恐怖の悲鳴が漏れ聞こえた。
「…………」
ハマーンは挨拶もしないまま、別の部屋へと去っていく。
「しかし、サイコミュの搭載を外付けというのは——」
「なんでさらっと無かったことにして話を進めてるんですか!」
いや、あれは取り合ってはダメな部類だ。触らぬ神に祟り無しという諺があるように触れてはならないことは世の中多い。
「……禁忌とされる人間のクローンを研究しようとしているアレン博士に言われても説得力がありません」
とジト目でスミレが言ってきたが耳が痛い。
しかし、神などという曖昧なものより実物する怒れる女性の方が怖いものだということは理解してもらいたいものだな。
「ところでハマーン様はあちらの部屋に入って行かれましたが何をしていらっしゃるのでしょう」
「……」
何をしているのかは知っている。知っているが教えて良いものか悩むところだ。
基本的にはMSシミュレータで黙々と撃墜スコアを稼いでいることがほとんどだが……たまにだが、ストレスが危険水域に達した時に色々と見苦しいことを行うことがある。
あえて口にはしないが……やはり私の口から伝えるべきことではないだろう。
「知りたければ命を賭けるつもりで自身で確認するといい、私からはなんとも言えん」
「……遠慮しておきます」
懸命な判断だ。
ハマーンも摂政となってかなり苦労しているようだ。
私は知らなかったが査察の帰りに寄ったアムブロシア(サイド3とアクシズの間にある中継基地)でクレメンス中将という偉い人物が同行していた。
ちなみにだがクレメンス中将はジオン残党になってからの自称中将ではなく、ジオン公国時代から中将らしいのでかなり有能だ。なにせザビ家のガルマ・ザビが大佐……はともかくとしてキシリア・ザビが少将、ドズル・ザビが中将だった。
独裁国家らしく縁故採用、同族経営の色が強かったが無能を将官にするほどの余裕は当時のジオン公国にはなかったので有能なはずだ。……まぁ足の引っ張り合いをする余裕はあったようだが。
そんな彼が摂政として未熟なハマーンを助けているおかげで何とかアクシズの混乱は起きていない。
しかし、エンツォ・ベルニーニが巻いた反連邦の種は見事に軍にも民衆にも根付いた。これには最近活発に活動しているデラーズ・フリートの影響もあるだろう。
ハマーン自身も反連邦を掲げる事自体には抵抗はそれほどないようだが、問題は感情だけで動く考え無しな者達の突き上げに辟易としているのだ。
「ああ、そういえばアレン、話しておくことがある」
30分ほどして幾分かスッキリした表情で現れたハマーンがこう切り出した。
それにしても最近、ハマーンはこちらのペルソナ(女帝モード)が板についてきたな。
「まずはアレンが提案してくれたゼロ・ジ・アールの改修案だが……」
「ふむ、話の流れ的に兵器開発部の横槍が入って別の案が通った、というあたりか?」
「うむ、すまない。父上の遺言にそう書かれていたのだ」
……いや、なんで遺言に書いた。
さすがにそこまでの内容ではないと思うが……
「父上はアレンに随分気を使っていたようだな」(敵意を持たれた場合、何をするかわからないという意味でな……私も同意見だ)
まさかそれほど気を使われているとは思ってもみなかったな……そういえば色々便宜を図ってくれてはいたか。
今思えば惜しいやつを亡くした……もっとも私を査察に同行する許可を出したのはマハラジャであるし自業自得だが。
「それにその兵器開発部が改修したゼロ・ジ・アール……いや、ノイエ・ジールはデラーズ・フリートに送られている」
それは残念だ……が——
「その様子だとデータは手に入ったようだな」
「その通り、これがそうだ」
ならば良し。
早速目を通していると……本当に無駄が多い。
ハイスペックなのは間違いないが有線式アームや可動式メガ粒子砲など操作が難しい兵器を複数搭載させるとはパイロットを過労死させる気か、しかも補助用のシステムもお粗末な仕上がり。
更に武装のほとんどはビーム兵器……アンチビームであるIフィールドはジオン公国が開発したものだと言ってもそれらを多く接収した段階で連邦に作れない道理はない。
「頭が痛いな。こんなものワンオフ機でしかないではないか」
「そういう意味ではゼロ・ジ・アールを改修で済んで御の字だな。1から作るとなると一体どれだけの……」
ハマーンの目が死んでいる。
これは……私が想像している以上に苦労しているようだな。
「ただ、アレン・アールは……」
「ちょっと待て、なんだそれは」
「父上がノイエ・ジールという名まで兵器開発部に取られたことを気にしてアレンの改修案、いや、量産型の名をアレン・アールと名付けたようだ」
……マハラジャよ。すごく迷惑だ。
むしろ嫌がらせだ。
とどめを刺せなかったのは残念だ。
「それでアレン・アールだが、2機ほど生産され、1機はデラーズ・フリートに、1機はここにあるようだ」
「おお、名前は気に入らないが初めて私の設計した兵器が量産されたな」
「?ドラッツェもアレン博士が開発したと聞いてますが?」
「あんなものただの有り合わせで作ったおもちゃだ。兵器とは認めん」
「おもちゃ……デラーズ・フリートの皆さんが使っているのにおもちゃって……大丈夫かしら」
大丈夫だ。例えおもちゃでも本気を出すのが私だ……ただし、前回戦った連邦のMS(ジム・カスタム)相手は辛いだろうな。
そういえばあのMSはなかなかいい機体だったな。
連邦のMSは基本的には汎用性に優れた機体が多い、もっともその反面遊び心もなければ革新的な物も少ないと言えるが。
「それともう1つ伝えておきたいことがあった。むしろこちらの方が重要だ。どうやらクーデターを起こした奴らの中で潜ることが得意な人間が逃亡中——」
また部屋のドアが開いたのでそちらを向く……前に敵意、殺意を感じる。
「貴様らのせいでっ!」
入ってきたのは銃を構えた頭頂部が寂しいメガネを掛けた中年だった。
その目は血走っており、冷静さを求めるのは無理そうだ。
スミレは身を硬直さえ、ハマーンはこいつのことだと言いたげで、私はふーんと言った感想だ。
「で、こいつを捕らえればいいのか」
「ああ、できれば殺さないでもらえると助かる」
「お前達、自分の立場がわかっていないようだなっ!」
「ハマーン様、アレン博士」
普通に会話を続ける私とハマーンに怒る侵入者と怯えるスミレ。
そんなに怒ったり怯えたりする必要はない。
なぜなら——
「私のテリトリーに入ってきて私に勝てると思うなよ」
既に防衛システムは完全に起動している。
侵入者が引き金を引く動作をした瞬間には侵入者は蜂の巣だ。
「それに、そもそも単発式の銃なんぞ無意味だ」
そう宣言すると同時にエロ触手を展開する。