第三百六十一話
「ネ……ネェル・アーガマ、消失……しました」
「…………」
誰も何も言葉を発さなかった。
シャアはもちろん、ラー・カイラムの艦長ブライトも、場所は違うがシロッコも、コクピットで待機中のアムロも、ニューオーダーもネオ・ジオンのその他大勢(主力は誰も居ない)も言葉が出なかった。
ただ、アレンを知る者は共通の思いを抱いていた——
(((アレン、もう少し手を抜いてくれないかなー)))
この後ミソロギアは地球圏から離脱するまでが既定路線。
つまり、これはあくまでアレンとニューオーダーの都合によって行われた引っ越しの余興のようなものである……余興で万単位の死者が予想されるあたりアレンに手を抜いてもらいたいと思う心境は当然と言えた。
(これはいかんな。開戦間もない……いや、MS戦が現代の主流と考えれば開戦すらまだとも言える。にも関わらずこれでは士気が保たんぞ。それに——)
目の前にはまるで自分達が神の使いと言わんばかりのMSが多数いて、それらが地球連邦軍と戦っていたMSよりも劣るとはとても思えなかったし、事実劣るものではない。
「……ブライト、指揮は任せる。私はMSで出る」
「……将自らMS戦など、と言いたいところだがアレを見ているとそんなことを言っている場合でもないのだろうな」
そもそも艦に乗っているとから安心と言える相手ではないことは既に地球連邦軍の旗艦やネェル・アーガマが早い段階で消滅させられるという最悪な形で立証されてしまっている。
MSの方が安全というわけではないが、艦が安全の方が安全とも言えないのが現状なのだ。
「武運を祈る」
「そちらもな。わかっているだろうがここも射程圏内だ。気を抜くな」
「もちろんだ」
歴戦の艦長であるブライトに失礼な言葉に聞こえるかもしれない。
しかし、今までの常識的な戦いとは違い、現在の戦いは非常識な戦いだ。
軍人などというのは兵法というある種のマニュアルで戦っている。だが、今回の相手は科学者であるため、理に適わない戦術や奇襲が多い……アレンの場合人道を介さない利で戦うのだ。警戒してもしたりない。
(とはいえ、おそらくここからはしばらく奇襲はないだろう。アレンの性格なら自身の研究の成果を知りたいはずだ。特にあのMS群は間違いなく自信作……奇襲があるとすればデータが取り終わった後だろう)
「……あ、ちょっと待ってください。月駐屯部隊から電文!こちらに援軍として出撃したそうです!」
「核を平気で撃つ隣人は必要ないというわけか」
「わからん話ではないが、それなら最初から参戦して……いたら最初の核に巻き込まれていたか」
「違いない」
それで軽口は終わり、お互い敬礼して各々果たすべき仕事に移る。
格納庫へと向かったシャアは自身の新しい機体を眺める。
「これが私の最後のパイロットとしての仕事となるのだろうな」
勝ったとしても負けたとしても生きていたとしても死んでいたとしても年齢的にも身体的にも心情的にも限界が来ていることを自覚しているシャアはこれでパイロットとしての人生を終える。
「ただ、相手がアレンとハマーンというのは皮肉な話だな」
仲間というわけではない。配下というわけでもない。
しかし、友人ではあるし、アクシズを幼い少女だったハマーンに押し付けたという後ろめたさもある。
「これが因果応報というなら強烈過ぎるとクレームを入れたいところだな。アムロ」
出撃前の戯れとしてアムロと通信するシャア。
「ノーコメントだ。俺はあいにくアレンともハマーンともほぼ面識がない」
「それは幸せであると同時に不幸でもあるな」
幸せなのは心乱さずに敵対することができること、不幸なのはそれは相手も同じということ。
もっともアレンがそんなことを配慮するかと言われれば『ない』だろう。なので本命はハマーンである。
和やかな会話?もここまで。
2人の表情は戦士のそれへと変貌する。
「では先に行かせてもらう」
アムロがそういうとシャアも頷いて促す。
「アムロ・レイ、Hi-νガンダム出るぞ!」
続けて——
「クワトロ・バジーナ、ナイチンゲール。出る」
「出てきたか」
アムロとシャアの出撃を感じる。
やはり他の者達と比べると圧倒的に差があるのですぐに察知できる。
私の感覚に従いモニターに映像を映すと——
「ほう、2人揃って新型か。白い悪魔の方は分かりやすく改善、改修機だろうが……問題はシャアの機体か。なんというか……あれは本当にシャア用に作られたものなのか?」
確かに未完成のジオングを操縦していたシャアなら問題ないだろうが、問題ないのと扱いやすさとは話が違う。
比較的小型で細身なHi-νガンダムと並んでいるため際立ってそう見えるというのもあるだろうがな。
しかし、あのサイズとなると火力は明らかに高い……が、当たらなければどうということはないという本人の発言通り、当たらなければただのエネルギーの無駄遣いだが……シャアなら当てれると判断したのだろうか?それとも研究者が研究者らしさを発揮した結果だろうか、それならなんとも愚かな。
「それよりもどこからどう見てもジオン系列のMSなんだがいいのか?」
ジオンのエンブレムこそ入っていないが、デザインはジオン系のそれで、カラーリングも百式とは違ってシャアのパーソナルカラーである赤色なんだが……。(シャアが赤いリック・ディアスを操縦していたことをアレンは知らない)