第三百六十八話
「ハマーン。自爆から救ってくれたファザーに感謝?するのはいいけど。あの赤いの逃げちゃったよ。おっかけよ」
「肯定肯定」
ハイライトコンセプトならともかく、ハイパワーコンセプトではデルタガンダムの速度には追いつけない。
それ以前に——
「2人は交代ね」
「えーーーー」
「返答次第」
「そろそろ機体の点検をしておきなさい。戦闘中に不具合なんて……死ぬわよ」
「ぬぐっ」
「むっ」
ハイと付くコンセプトはその常軌を逸したスペックの反面、長時間の運用には不安があるものになっている。
機動兵器というのは安定、高機能、使いやすさ、コストパフォーマンスが求められる。
そういう意味ではキュベレイ・ストラティオティスIIはB級品といえる。
高機能であるのは間違いないが、安定とコストパフォーマンスという面では不十分と言えた。
機動兵器でありながら戦局を左右する戦術機動兵器。
それはいくつも例があるがどれも同じような問題を抱えていた。
特に問題となるのが安定性。
戦術、戦略兵器は総じて安定性に掛ける。
なぜかというと基本的に現在の兵器を遥かに上回るスペックを実現するために最新技術を多く投入する。しかし、その最新技術というのは安定とは対局に位置している。
最新技術は繊細であり、それ故にキュベレイ・ストラティオティスIIは被弾しないことを前提に作られ、プルシリーズにもそう操縦するように教育されている。
設計上は防御性能は問題なくとも衝撃で使われている技術に不測の事態が起こらないとは限らない。
故に、余裕があるならばハイを冠するコンセプトはあまり継続的に戦闘は避けるべきだとハマーンは判断したのだ。
「……そっちはどうなの」
「あら、私のクィン・マンサIIはそんな軟じゃないわよ。それにほら——」
ビーム飛び交う中で真っ直ぐ飛翔する物体。
MSではなく、どちらかというMAや戦闘機などに似ているそれはハマーンの下まで辿り着くと勢いも殺さず、衝突する。
クィン・マンサIIの頭、バインダー、胸部、腕、腰、脚などがバラバラと外れていき、衝突したものが新たなそれを構築していく。
「——これで補給完了ね。さすがアレン。私の意図がよく伝わってる」
「……あの愛の叫びは補給の要請だったの?!」
「ふっ、愛の力だな」
事実はただただ、戦闘にテンションが上がっていた状態で逃げられた悔しさが制御できず、しかし戦場で感情のコントロールを手放してしまえば命取りになるという戦士としての経験に基づいて別の感情で押し流しただけなのだ。
それを察したアレンはまだハマーンが戦える状態だと判断して補給を——クィン・マンサIIのパーツを届けたに過ぎない。
「それにプルツーも賛成みたいだしね」
「……そうみたいね」
「帰還」
新たにキュベレイ・ストラティオティスIIが2機が現れた。交代要員である。
「お疲れ〜とりあえず交代だよ〜」
「あれはまた出てくるでしょうから後で機会がある。それまで我慢して」
新たに来たキュベレイ・ストラティオティスIIは2機共にバランスコンセプト。
それを操るプルシリーズはオールマイティーな才能を持つ上位ナンバーの中でも上位を占める個体である。
だが、戦場の采配を任されているプルツーはエース、その中でもアレンの言う持つ者を相手にするにはオールマイティー……全てに秀でている個体では不安があった。
故にハマーンと同行させたのは特化型の2機だったのだ。
そしてそれが交代したということは——
「とりあえずはこの眼の前の——」
「——データの山をやっつけましょう」
彼女達にとってこの戦いはデータ取りに過ぎない。
彼女達が勝っても(生きても)負けて(死んでも)その事実に変わりない。
そして、自身を殺しに来る敵もデータに過ぎず——
「「全ては総帥のために」」
「ええ、アレンのために!」
虐殺(データ取り)が始まる。
シャアを逃がすための時間稼ぎ……もちろん倒せるなら倒すのは当然であるが……を目的として立ち塞がるレナスの陣形の空いた穴から侵入した者達。
数だけは多いが、MSはジェンガが少数、ほとんどはネモやジムIII、ジム・クゥエルなどの旧機種が多数を占めていて質的には決して高いものではない。
「大体200ってところね。でも私達を止めるのにその程度でいいと思っているの」
ハマーンの言っている通り、200でも止めることなどできるはずがない。
本当のところ、プルシリーズが交代する前なら殲滅速度はそれほどでもなかっただろう。
ハイライトコンセプトはその速度を活かした近接戦闘特化で火力不足、ハイパワーコンセプトは圧倒的防御力と総合火力と弾幕力は優れていたが、機動力が最低限であるため連携というのは難しかった。
それに比べてクィン・マンサIIとバランスコンセプトはスペック差があっても支障が出るほどの差はない。(具体的にはハイライトコンセプトが10としたら、クィン・マンサIIは8、バランスコンセプトは6、ハイパワーコンセプトは2)
そもそもハイパワーコンセプトほどの火力がなくとも問題ない。
「「「ファンネル」」」
シャアとの戦いで落とされたファンネルだったがアレンによるパーツ輸送で補給されて完全に補充されているため数に不安はない。
「あれ?もしかしてこのクィン・マンサIIのパーツ……機能性が上がってる?それに使いやすくなってるわね」
うっかりアレンはハマーンに伝え忘れていた……というよりもアレン本人も無意識に生産(作るのは触手)しているためクィン・マンサIIのパーツはデータ取りが行われる度に修正、改善してしまっているのでそれぞれのパーツに誤差が生まれてしまったのだ。
ちなみに最初に使っていたパーツは初期生産のものであり、今使われているパーツは2世代目である。それにも関わらず追従性が10%ほど増加している。
普通なら感覚の違いから戸惑いがありそうなものだが元々サイコミュで制御しているのだから戸惑いは最小限で済んでいるのは幸いである。
そんな機体を慣らし運転ついでに虐殺は続く。
「……なんてことだ。200機が2分も掛からずに全滅だと」
普通なら艦隊はMSの優劣は大体しか把握できない。
レーダーの類がミノフスキー粒子で無効化されている以上、目視に頼るところが多くなるからだ。
しかし、シャアやアムロ、シロッコ達は重要人物であるため常に観測していたのでその周辺の戦況は他よりは把握していた。
だからこそ素早くシャアを救出の命令を出せたし、ハマーン達を数で取り囲むことができた。
だが、それが返って士気を落とすことになってしまうとは思いもしなかっただろう。
200機が2分掛からずに全滅。
今までそういう戦術兵器は多く存在していたが、それはあくまで戦場には最大で1機程度しか存在しないはずの最終兵器なのだ。
故にハマーンが20機程度のMSを全滅したところで、最終兵器を序盤から持ち出してきたなと考えている者がほとんどだった。
しかし周り交代したMSもそれと同等であり、それが観測できているだけで30機を超えているという情報は連合軍内で共有されてしまっている。
士気が下がらないわけがない。
更に言えばパノプリアすらまだ戦線に立っていないのだが……。
「さて、アムロとシロッコを狩るわよ」
ハマーンは意気揚々と次のターゲットを屠るべく移動を始めた。