第三十八話
「ば、化物っ?!」
そんな言葉と共にハゲ散らかした中年が発砲——
「しかし無意味だ」
計5発撃たれたが……もちろん全て触手でキャッチする。
弾き返す方が簡単なのだが、このような狭い空間で銃弾を弾くと跳弾して万が一誰かに当たったりすると面倒であるし、設備が破損したら目も当てられないからな。
それにしても触手を展開した段階で防衛システムをオフにして正解だったな。そうでなければハゲ中年は今頃髪の毛どころか命も散らしていることだろう。
もっとも私としては何の問題も……いや、部屋が血で濡れることになるから掃除が大変だったか。
「どうせ持ってくるならマシンガンにするんだったな」
それならば少しは苦戦したものを……まぁ楽でいいのだが。
さて、とっとと始末する……じゃなかった、捕縛するとしよう。
守りに2本の触手を残し、残りの2本をハゲ中年に向かわせる。
相手はニュータイプではないので直線的な動きで1本は鳩尾を、もう1本は万が一躱された時の追撃用として控える。
「ぐあっ?!」
狙い違わずヒット……と思ったがどうも感触から躱された……というより迫ってくる触手に反射的に後ろに下がってしまったためにクリーンヒットしなかったようだ。
殺さないように加減するとこういう時に困る……が、保険として控えていた触手でもんどり打っているハゲ中年の股間を下から叩く。
「——————ッ!」
声に鳴らない悲鳴というやつだな。
そしてその大きく開けた口に触手を突っ込み、自殺防止、続いて銃を持つ手を捻り武装解除、そして守りに使っていた触手も加えて両手と両足を拘束する。
「私に掛かればこんなものよ」
「「……酷い絵面だ(ね)」」
命の危機を救った私に対してなんて酷い言い草だ。
……しかし、今現在の18歳の若造がハゲ散らかした中年を触手で縛るという光景は……うん、彼女達が言う通り酷い絵面だと認めざるをえない。
それからしばらくすると銃声を聞きつけた憲兵が到着したので引き渡そう……と思ったのだが彼らがタカ派の残党という可能性も捨てきれないのでハマーンと私で尋問するという名目で時間稼ぎをして数少ない信用できるメンバーに来てもらうことにした。
とりあえずナタリー中尉……は軍人としての伝が少ない上に、元々はタカ派寄りだったこともあってシャアに連絡を入れるとさすがに緊急事態ということでかなり早く来た……が、やはりハゲ中年を触手で縛り上げている光景にかなり引いていた。
ちなみにこのハゲ中年はエンリケ・ムニョスというアクシズに存在しないはずの人間らしい。色々な裏工作から暗殺まで手広く行ってきたようで、放つ思念は気持ち悪いものでハマーンは平静を装っていたが気分が悪そうだった。
これで平穏が戻ってくればいいのだが……。
期待した通り平穏が続いて早2ヶ月、そしてついにクローンが完成した。
「……想像していたよりずっと早いな。さすが鬼才というだけのことはある」
「本来なら遺伝子の選別に時間を費やすところだが、今回はそれが制限されていたからな。これでも時間を掛けた方だ」
そう、今回のクローンは素体が決まっていた。
多少の不満があったが理由も納得できたし、何よりニュータイプの素質もそこそこあるようだから妥協した。
「さて、目覚めさせるか」
培養槽から培養液を抜き、覚醒作業に入る。
現在のクローン体は5歳程度まで成長させている。通常の人間のように時間をかけて成長させていては兵士という一気に消耗してしまうような使い方には限度がすぐに来るのである程度培養槽で時間短縮を図っている。
ただし、成長とは言っても身体だけであり、知識や感情といったものは成長しないというアンバランスな存在になるだけで教育しなくてはならない。
一応培養槽内での成長中に睡眠学習的に読み聞かせを行ってみたが、その成果はクローン体の目覚めた後にわかるだろう。
「ところであのハゲ……デラーズ・フリートが作戦を成功させたそうだな」
「ああ、星の屑作戦……核による陽動で本命のコロニー落としで地球の穀倉地帯を奪い、コロニーへの依存度を高めるという例の作戦は成功した。ただし、デラーズ中将は戦死したことを考えれば痛手だ。快勝とはいかんな」
暑苦しかったが有能な将官ではあったからな。とハマーンが続ける。
デラーズ大佐ではなく、中将になっているのは確かハマーンが摂政に就任した時に箔付けとして任命したからだったか。
ハマーンがハゲに期待していたのは実戦豊富なカリスマのあるタカ派の代表をして欲しかったからだ。
そういう意味ではシャアもそれに近いが、カリスマはカリスマでも将としてのカリスマではなくエースパイロットとしてのもので、現場では発揮するが上層部でも同じかというと……それにやはり年齢という重みが足りない。
そして何よりシャアはハト派代表、デラーズはタカ派ということにしてバランスを取りたかったはずだ。
「幸いソロモンの悪夢は無事合流することができたそうだがな」
ほう、ハゲからはいくらか落ちるがエースパイロットが増えるのは良いことだ。
後はシャアと同等であったなら連邦と死闘を繰り広げたデラーズ・フリートのエースパイロットがハト派とは考えられんからタカ派の代表格になれるかもしれん。
「ああ、そういえば彼の副官がアレンに感謝していたぞ」
「何のことだ?心当たりが全くないのだが」
「アナベル・ガトーの副官、カリウス・オットーはアレン・アールを操縦して危機に陥っていたアナベル・ガトーを救い、新型のガンダムを撃破したそうだ」
ほう、連邦がガンダムを象徴化していることを考えると新型というのは相応に高性能なものだっただろうにそれを撃破するとは……まぁノイエ・ジールとア、アレ……アレン・アールの2機で相手をしたのなら当然といえば当然か。相手がニュータイプでないのなら、だが。
「しかし、まさかシーマが裏切るとは……デラーズ中将が亡くなったのはやつが裏切ったことによるものだ。私も気をつけなければな」
ジオン残党なんて未来のない死に場所を探しているような組織に属していれば裏切りぐらいあるだろうよ。
……それにしてもハマーンがその喋り方で言うとフラグのような気がしてくるのはなぜだろう。
「ん……」
「目覚めるか」
いくら私が天才と言ってもやはりこういう場面は少し緊張する。
それは共にいるハマーンも同じようで緊張が私に伝わってくる。
そして、目を覚まし——
「おはようございました」
これは睡眠学習の成果……なのだろうか?