第三百七十話
経験不足。
それは何を意味しているのか。
この場合、多くは『実戦経験』を指すように思うだろう。
しかし、本当にプルシリーズは経験が足りないだろうか?
日々の訓練に海賊狩り、そして現在前線に立つプルシリーズはエゥーゴティターンズの内紛に参加していた者もいる。
シャアやアムロならともかくシロッコに実戦経験を指摘されるほどプルシリーズは経験不足だろうか?
多少の差はあれど決定的な差と言えるほどのものではないだろう。
では、経験とは何を指しているのかというと——人生経験のことだ。
プルシリーズの人生とはほとんどが訓練と教育に費やされている。
上位ナンバーは生まれて10年以上経過しているが、それはごく限られた狭い世界で偏った教育が施されていて、更にクローン群という存在であるが故に多様性に乏しい。
それをシロッコが知っているわけではない。
だが、ニュータイプとは言葉や動作以外のもので伝え合うことができる。それは本人達の意思に関係しない。
つまり、プルシリーズの精神的未熟さがシロッコに伝わったのだ。
「自分達の力を信じることはいい——だが、敵を侮るのは傲慢というものだ!」
「貴方達のような存在に傲慢などと言われたくはない」
「そのとおり。私達のような上に立つ存在は傲慢でなければ成り立たない——しかし、それは志であって——」
——殺し合いにそれは持ち込まない——
心の隙は誰にでも存在するが精神的未熟さが目立つプルシリーズには余計に目立つ。
故に——
「えっ」
時間稼ぎが役割であったのに接近戦を挑まれ、それに応えてしまい——
『プル56!!離れろ!!』
「傲慢を抱き死ぬがいい!」
プルツーの思念とシロッコの確信、そしてシャアがハマーンに同じような札を切ったのと同時であった。
ジ・オIIの手に持つビームサーベルを躱し、いつの間にかビームライフルからビームサーベルに持ち替えたビームサーベルも未来予測システムで視えたため躱した。
この程度の攻撃に当たるようではミソロギアでは生きていけない、などと思った。
しかし、ジ・オIIの隠し腕が通り過ぎようとした時にそれは起こった。
隠し腕が2つに分かれ、その手にはさらなるビームサーベルが握られている。
予見できていない一振り。
躱すのは間に合わず、もう1人の上位ナンバーも阻止できるものではない。
無情にもキュベレイ・ストラティオティスIIを斬り裂く——
——よくその刃を届けた。健闘を讃えよう——
強烈な思念がこの場を支配し——
「ジ・オ!なぜ動かん!それにこの光はなんだ?!」
ジ・オIIは先程までの勢いは何処へやら、その身体は固まって動かない。
それはキュベレイ・ストラティオティスIIも同様で、すぐ近くにビームサーベルがあるというのに躱すわけでもなく、ただただ佇んでいる。
「正直、私としては興ざめするにも甚だしい」
「これはアレンのせいか」
「そのとおり、しかし元々は自分達の蒔いた種だ。そんな無防備なサイコミュを使うお前達のな」
「サイコフレームに問題があるというのか」
ジ・オIIやHi-νガンダム、ナイチンゲールは全て最新の技術とされるサイコフレームが搭載されている。
しかし——
「軽量化されて優れているように思えるが、そのサイコフレームとやらは良くも悪くもサイコミュの機能が単純化されているようだな」
「……まさか」
シロッコは嫌な汗が流れているのを自覚する。
もしこの予想が事実なら——
「そう、単純化というのは本当に良し悪しだ。操縦者にとっては扱いやすく、反動も小さい。その反面このように——」
ジ・オIIは操縦者の意思とは関係なく、ビームサーベルは全て収められ、隠し腕も全て収納されてキュベレイ・ストラティオティスIIから離れていく。
「——外部からのコントロールも容易い」
「……ハッキング」
「まぁそう取れなくもないが、ハッキングというよりはリモートコントロールだろう」
ハッキングはセキリティホールを狙って行うものだが、今回の場合はパソコンの立ち上げに普通はパスワードを要求されるところがパスワードを入力しなくても素通りできてしまったというセキリティホール以前の問題なのだ。
ただし、これも強力な思念波でなければ起こすこともない。事実、ジ・オIIに発光現象が発生しているのはそれだけの出力がなければコントロールを奪えなかったのだ。
それはともかく、これは——
「……私達に勝ち目は始めから無かったということか」
「先程も言ったが私としても興ざめも良いところだ」