第三百七十三話
「疲れたー。随分粘られたけどさすがにもう何もできないでしょ」
エルピー・プルは満足そうに宇宙を漂うMSを見る。
そこにはHi-νガンダムが存在するが、両腕はもがれ、右下半身は失われ、頭部も半分が溶解している。
まさしく満身創痍……いや、既にデブリと言っても過言ではないレベルの姿だ。
「油断大敵……とはいえ、さすがにこの状況で逆転の目はないか」
周囲を8機のキュベレイ・ストラティオティスIIに囲まれ、更に外縁部ではアムロの窮地を救おうと動く連合軍とそれを阻むようにレナスが応戦し、その様相は激戦であるが残念ながら突破は叶わないだろう。
元々アムロとシロッコという要注意人物が2人セットであったこと、シャアを担当したのがハマーンであったこと、これらの理由でシャアの包囲網は薄く、アムロ達の包囲網は厚くなっていた。プルツーがそういう采配をした。
だからこそアムロ達を救出しようとしても防がれ、シャアの救出は成された。救出に動いた兵士の質だけが問題というわけではないのだ。
そして、アムロのMSは既に移動するだけ乗り物程度にしか役割を果たせなくなっていて、唯一距離が近いシロッコは文字通り死闘中。
言っている通り、油断大敵とは言っても逆転どころか延命すらもう無理なのは明らかである
「それにその状態ならもう躱すのも限界だよね。だから近づかない」
以前からわかっていた未来予測システムの弱点により、ハマーンはともかく、プルシリーズ1人が死にかけた事実は楽観主義的なエルピー・プルでも重く受け止めていた。
戦場に立つ者として自身の、姉妹の死は覚悟している。しかし、確実に始末するには接近するのが手っ取り早いが無用にリスクを上げる必要がないとデブリとそう変わらなくなった敵でも近寄らないという選択肢を取るぐらいには警戒心を持った。
それはエルピー・プルだけではない。
レナスを操縦する下位ナンバーも同じである。
自身は安全な空母の中にいて、流れ来る死者の思念と前線で戦う姉妹の思念こそが己も戦場にいるということを感じ、それがなければ日頃行っているシミュレータと錯覚してしまうほどだ。実際何人かはそういう感覚で行っている個体も存在する。
しかし、それもシロッコに殺されかけたプルシリーズの強烈な思念によって、その遊び感覚に近かった感情を払拭されることとなり、レナスの動きに変化をもたらした。
その動きはキュベレイ・ストラティオティスIIどころかキュベレイ・ストラティオティスにすら劣るものではあるがより鋭敏に、より連携するようになり、明らかに被害が減り、そして着実に戦果が上がりつつある。
アレンとしてはこれだけでも値千金、世界に喧嘩を売っただけの価値がそこにはあったと最低限の成果が出た瞬間であった。
「じゃあ、バイバイ。英雄さん」
エルピー・プルが代表して別れを告げると包囲していたキュベレイ・ストラティオティスIIが一斉に全力でビームを放つ。
戦いを始めた時と比べてプル達の数が増えている上に、Hi-νガンダムが完全な状態でも躱すことが難しい弾幕と耐えられるはずもない火力である。
これで終わり……それは包囲しているプル達も対象になっているアムロ自身も観測していたミソロギア側のアレンやジャミトフ、カミーユ、連合側のブライトや撤退中のシャアなども同じであった。
奇跡でも起こらなければ——
「——なに?!」
驚きなどという感情を表に出したのはいつだったかわからないほどの昔であるアレンのものだった。
しかし、それも仕方ないと言える現象が起こっていた。
「MDが盾になっただと?!」
アムロを動揺させるために使われていた女性型MDが突如動き出し、アムロの前で自身を盾にするように佇む。
「この気配は……アムロ…………いや——」
「「ララァ」」
女性型MDの姿は元からララァ・スンのものだった。
アレンが用意したアムロ、シャア対策であるためその他大勢用のマネよりも精巧にできているそれは更にララァ・スンに近寄っているように視えた。
「ララァ……君なのか」
「アムロ……またこうして会えるなんて思わなかったわ」
作り物の身体ではあるが、そこには間違いなくララァ・スンが存在していた。
そして——
「発光現象でビームを防がれたか」
確定していたアムロの死は完全な形で回避された。
「いくら感情の高ぶりがあったとしても発光現象は起こらないはず……となるとサイコフレームか、いや発光現象には違いないが私が起こしているものとは色が違う。それにこの気配は間違いなくララァ・スンのもの……残留思念という概念は相手の心に残る思念の面影ではなく、本当に思念が残っているというのか?」
回避された結果よりも今起こっている数多くの現象の方に興味が惹かれるアレンは一種の暴走状態(平常運転)に陥っていた。
それはともかく——
「ララァ……言いたいことはいっぱいあったはずなんだけど……」
「いいのよ。私はアムロの中にいたの。だから全て伝わっているわ。でも、もう私に囚われないで。私は死者、ここにいるのは束の間の奇跡に過ぎないわ」
「そうか」
アムロは寂しくも思うが、さすがに当時のような子供ではない。
この奇跡を常態化できないか、などと思うほど純粋ではない。だが、短き死者との語り合いというのは掛け替えのないものである。
しかし——
「私ならその奇跡を任意に引き起こせるかもしれないぞ」
そこに割って入る存在が居た。
もちろん狂気の科学者アレン・スミスである。
「奇跡は1度起こればそれは奇跡ではない。これは再現することが可能な現象に過ぎない」
その言葉にアムロは揺れるがララァは毅然とした態度で告げる。
「……無粋な人ね。せっかくの語らいに水を差すなんて」
「確かに無粋、ただ見ていても良かったが望むなら叶えてやるが?もちろんアムロ・レイがこちらに協力するなら、という前提だが」
貴重な検体を手に入れられるかもしれないという機会である以上無粋などという他人の心情は無視だ。
「研究結果次第ではそんな機械の身体ではなく、生身の身体を与えることができるかもしれんが?」
「……純粋で残酷で人。それだけの力があれば答えなんてわかっているでしょう」
「ああ、そちらの答えは、な。しかし——アムロ・レイはどうかな」
ララァ・スンは既に自身の死を受け入れているのはアレンにはわかっていた。
しかし、アムロにはまだララァへの執着があることがわかっていた。
その思いを揺さぶればもしかするとこちらに靡くかもしれないと思っての行動である。
「俺は——」