第三百七十四話
「俺は——そんなことを望まない!」
涙を流しながら、しかしララァが望むからではなく、自分の意思で悪魔の誘惑を跳ね除けた。
その姿をララァは微笑んで見守る。
「残念だ。私としては自主的に協力して欲しかったのだがな。致し方あるまい」
アレンの思念が切れ、戦いが再開されると思い、ララァの姿をした女性型MDはアムロに急いで接近する。
アムロ自身は奇跡的に軽傷で済んでいるがMSは既にスクラップかデブリ状態である以上戦闘なんて不可能だ。
共に戦うことができないならばララァが取る行動は2つ、身を挺して守るか、連れて逃げるかである。
どちらを選択するにしてもアムロとの距離は近い方が良い。
もっとも身を挺してして守ることができるかどうか、連れて逃げようとして無事逃れられるかどうかなどは別の話ではあるが。
「……なぜだ。なぜ退いて行く」
包囲していたキュベレイ達はその包囲を解いて退いて行く。
「すっごい不本意だけど総帥の命令だからねー。新しい機体で出直しておいで、だってさー」
エルピー・プルがアレンの代わりにアムロに答える。
「総帥は知ってるんだよ?まだ機体を隠してるんだよね?多分今の機体より性能悪いんだろうけど私達の糧にはなるだろう、だってさ!だから逃げちゃダメだよ?逃げたら地球にいっぱい隕石落とすからね?」
その言葉を聞き、アムロは唾を呑む。
シャア達と協議した結果、今回の戦いは普通の戦いより量より質が重要であり、自分達がその上位に位置していると自負していた。
だからこそ自分達の予備機を用意して継戦能力を向上させようとした。
しかし、それをなぜアレンが知っているのか。
その上、最後についでのように告げられた地球への隕石落とし。
口調こそ軽いが明らかに冗談ではないその口振りに嫌な予感しかしない。
事実としてアレンは100を超える小型、中型の隕石を落とす準備をしており、隕石にはサイコミュで起動するエンジンを搭載しているためミノフスキー粒子下でも操作は可能である。
「じゃあまた後でねー」
まるで遊ぶ約束をして分かれる子供のような口調である……が、そこに含まれている殺意と怒気はその口調と相まって歴戦のアムロですらも背筋を凍らせるほどのものを放っていた。
その証拠にエルピー・プルが乗るキュベレイ・ストラティオティスIIからはララァが放つマゼンタ色ではなく、まるでオーロラのような発光現象が見て取れる。
「……アムロ大尉に助けられたようだな。感謝する」
「この有様で言われても、な」
そう告げたのはシロッコだ。しかしその感謝の言葉もシロッコが告げれば皮肉に聞こえてしまうのは本人の性格ゆえなのかそれとも生まれつきのものなのか。
助けられたというだけあってシロッコが乗るジ・オIIは隠し腕は全損、両脚部も膝から下は失われ、装甲には溶解の痕がそこかしこにある上に一部の姿勢制御バーニアは無理が祟って融解してしまっている。
アムロほどではないが控えめに見て満身創痍といえる。
「そちらの女性は敵ではないと判断していいのかな」
「ああ、今は大丈夫だ。そうだろ、ララァ」
「ええ、ただアムロ、あまり気を抜かないで。私がこの状態で居られるのはアムロ次第なのだから」
「ララァだと?確か一年戦争で亡くなったと聞いたが……なるほど、ニュータイプの奇跡か。死者蘇生……いや、死者の再現と言った方がいいか……だからこうして見逃されたというわけか」
女性型MDがララァであるという点を疑わずに受け取り、そこからアレンの思考をトレースし、そう間を置かず結論を出した。
アムロを見逃したのは貴重なデータを得るため、そしてシロッコを見逃したのはアムロに次ぐニュータイプであるため、同じような現象を発現しないかと期待してのことだとシロッコは読んだ。ちなみに正解である。
「完全に舐められているな」
「ああ、戦いをなんだと思っているんだか」
「データ取りの実験でしょうね。フラナガンの研究所にいた頃はそんなことをする子ではなさそうだったけれど……」
「あったことがあるのか?!」
まさかララァとアレンが会ったことがあるとは思わなかったため驚くアムロ。
「直接会ったことはないわ。ただ、彼は今ほどじゃないにしても研究所に居た頃からあの存在感を発していたからわかったのよ。でも彼はこんな戦いをするような人ではなかったのよ」
ララァは決してアレンが良い人だったと言っているわけではない。
アレンは検体に負担を掛けるが、壊さないように配慮していたし、今もしている。
しかし——
「それは人間を壊すことはしないが人間を殺すことはするということだろう」
アレンを神と崇拝するだけあってこの中で1番アレンを理解しているシロッコの発言である。
「それに……気づいているだろう。敵のパイロット達のこと」
「ああ……あれは、クローン兵か」
「その可能性が高いだろうな。第一、神は元々ニュータイプとクローン研究をしていたそうだしな。MSの開発はおまけだと言っていたが」
「クローン兵もだがあんなものを開発しておいておまけなんて言われても納得できないな」
そんな雑談とも言える会話をしながら戦線を離脱する2人と1機。
しかし、その会話は雑談であっても心は燃えていた。
圧倒的力を持ちながらも見逃された。
人間としては命があるのはありがたいのは事実、しかし、兵士、軍人、戦士としては殺されるよりも惨めな状態である。
そもそもクローン兵などという鬼畜な行いを認めるわけにもいかない。
地球に隕石を降らすという外道を許すことなどできない。
つまり、再戦するしか選択する余地がないのだが、心が折れていないのはアレンにとって望ましい展開である。
「さあ、もっと私にお前達の可能性を魅せてくれ!あれほどの奇跡でなくてもいいのでな!」