第三十九話
「……と、とりあえず言語はある程度理解していると思っていいということだな」
「アレン、現実から目を逸らしていないか」
そんなことがあるはずないだろう。
実際使い方が若干おかしいだけで言葉のチョイスは間違っていない。使い方がおかしいだけなのだ。
「アレン?」
「ああ、私はアレン・スミス、お前の名前はエルピー・プルだ」
「えるぴー……ぷる?……プル……プルプル」
壊れたおもちゃのように繰り返しているが名前という概念は理解はしているのだろう。仄かにだが嬉しいという思念を感じる。
やはり読み聞かせをしていても学習はするのは間違いないだろう。
となると学習時間の短縮のために効率よくする朗読音声を用意しなければいけないな。
もっともさすがにMSの操縦などの声だけで伝えられない概念は難しいだろうが……ふむ、半覚醒状態で視覚も使えるようにできるか試してみるか。
「これがミネバ様のクローンとはとても思えないのだが……性格の違いはまだわかるが随分容姿に違いがあるぞ」
そう、このクローン体……エルピー・プルはミネバ・ザビのクローン体である。
これはクローン研究を行う唯一の条件で、ミネバ・ザビのクローン体……厳密に言えば影武者を作ることが条件だ。
ハマーンが恐れていたことはザビ家の血筋が途絶えることだった。
ザビ家の血筋はアクシズにとっての切り札にして救いだ。もし今の段階で失えば掲げるものを失いアクシズは内部分裂を起こして崩壊するだろう。
将来的にはハマーンがアクシズを率いることができるかもしれないが、今はまだ成長途中。
そこで導き出されたのがミネバ・ザビのクローンだ。
ちなみにクローンを作るのに2ヶ月掛かった内の1ヶ月半はミネバ・ザビの身体データとニュータイプ検査に費やした時間だ。
子供だからと負担を少なくしたら時間を掛けてしまった……皇室警護部隊の連中が過保護過ぎる……まぁこの件に関してはハマーンも過保護だったが。
もっとも皇室警護部隊はクローンの製造に関して知らないのだがな。
と言うかクローン製造に関して知っているのは今のところ私とハマーン、スミレぐらいしかいない。
「容姿に関しては兄妹レベルで似ると言ったところだ……が、ミネバ様はまだ幼く、成長過程を近づけて数を用意すればそう難しくない、自然と似ている個体が生まれるだろう。」
「なら問題ない」
とりあえずプルプルプルと呟き続けるクローン体が落ち着くまで待つ。
しばらく様子を眺めていると満足したのかこちらを向く。
「お父さん?お母さん?」
「なっ?!」
何やらハマーンが赤く染まっているがそこは気にしない。
しかし、やはりクローン体とはいえ本能的に親を求めるのは代わりないのだな。貴重なデータだ。
「私が父親兼母親だ。アレん父さんとでも呼ぶがいい」
「アレン……パパ?」
「なあ、ハマーン。思った以上に私の作品が可愛いのだが」
「貴様、幼女趣味に目覚めたかっ?!正気を取り戻——ああ、元から正気ではなかったっ?!」
いや、これは保護欲だ……それと後半はかなり失礼だぞ。その程度で怒りはしない私の度量に感謝するんだな。
しかし、パパなどという単語を教えただろうか?……もしかするとスミレにいくらか手伝ってもらった際に教えたのかもしれない。後で確認しておくとしよう。
「そしてこの失礼なことを言っているのはハマーンおばさ——ぐぇ」
「アレン、その先の言葉を私の目を見ながら言ってもらえるかしら」
ぐっ、最近自主的に筋トレ(ストレス発散)をしていると聞いてはいたが、片手で私を持ち上げるほどになっているとは……さすがに首を持たれるのはキツイ。
ハマーン……立派に育ったな。
「パパいじめるな!」
それを見ていたエルピー・プルが私とハマーンの間に入り、私を助けようとハマーンを押して離そうと試みている。
さすがにバツが悪くなったのかハマーンは手を離し、解放される。
解放されて首を擦っているとエルピー・プルが近寄ってきて心配そうに覗き込んでくる。
「パパ」
……・これが子供と言うやつなのだろうか、なかなか健気ではないか……そしてなぜか刻一刻と機嫌が直滑降していくハマーン。
いったいどうしたのか……やはりおばさんなどと呼ばそうとしたのを気にしているのか?
「お前、嫌い」
「……奇遇だな。私も貴様が嫌いだ」
エルピー・プルがハマーンの方に振り向き、刺々しさを含んだ声で言い放ち、そしてハマーンも受けて立つように言い返す。
な、なんだ、この展開は。
確かに多少問題のある行動だったとは思うがいきなり修羅場のような展開になっている。
いったいなぜこんなことに?