第四十四話
<はにゃー……ハマーン・カーン>
私はハマーン・カーン。
「ハマーン様決裁をお願いします」
マハラジャ・カーンの娘にして16歳でアクシズの摂政を務めている。
「うむ」
世襲でお父様の後を継いだのではなく、タカ派があまりに多いため、ハト派よりだったシャア大佐が率いるには問題があり、どちらでもない私が大任を務めることとなったわけだ。
「ハマーン様、こちらもお願い致します」
以前の私ならこのような多忙な日々など耐えられなかっただろう。
しかし、アレンの虐め……訓練のおかげでこれぐらいは大したことではない。
「うむ」
書類仕事は書面だけ見て、方針に照らし合わせればいいだけなので比較的楽だ。
大変なのはどいつもこいつも何枚もの舌と仮面を被っていて精神的に参ってくる。
そういう意味ではシャア大佐も……いや、シャア大佐の場合リアルで仮面を被っていたな。(今はサングラス)
「こちらもお願いします」
「……うむ」
その点、アレンは異常者ではあるがある程度話も通じるし、何より隠し事が極端に少ないので気楽で……私が私で居られる。
ま、まぁ最近はアレンの前でも大人モード(女帝モードのこと)でいるから私もいくらか偽っているのだが……アレンはあまり気にしていないようだけど。
「ハマーン様、こちらにもサインを頂きたく……」
「……」
こいつからは嫌な気配を感じる。
これは内容をきっちり確認しておく必要があるな。
………………………………書類には特に不信な点はないか、しかし若干方針とは離れているので保留にしておく。
やつが離れていったのを確認して親衛隊を呼び、内情を調べるように指示を出す。
後日、横領が発覚、財産を没収して少し資金に余裕ができた。
ニュータイプ能力とは便利なものだな。
「こちらとこちらにお願いします」
「…………………うむ」
しかし……毎日思うが書類が多すぎないだろうか。
いくら摂政とはいえ、16歳の少女にやらせる仕事量と内容ではないと思うのだが……もしかすると私がどれぐらいで音を上げるか試しているのか?
やはり以前から考えているイリアやプル達が飲んでいるプロテインを飲むべきか?しかし、以前言った時は口数が多くないイリアが早口で喋って止めるほどにキツイものらしく、飲む勇気がでなかった。
アレン曰く、痛みを数値化して他の症状で例えると陣痛と同等の痛みを伴うらしい……そんなものをイリアやプル達に飲ませているとは自称紳士が聞いて呆れる。やはり異常者なのは間違いないな。
「ハマーン様、兵器開発部より開発プランが届いていますが……」
話しづらそうに言ってくるのは私がアレンと懇意であることを知っているからだ。
他の者達はどう思っているかは別として、私はアレンを贔屓しているつもりはない。
異常者、狂人であるアレンだが、それらの欠点を補って有り余る能力があり、私が考える戦略、戦術と合致したものを用意するから採用しているだけで、兵器開発部の開発プランもちゃんと採用している。
実際、この前兵器開発部から上がってきた作業用MSガザを戦闘用に流用するというプランを採用した。
アレンは「またおもちゃか」と言っていたが、資源も数も戦闘経験も少ないアクシズの兵士には中・遠距離の砲撃仕様の安価な高機動MSというコンセプトはマッチしていると思う。
いくらなんでもアレンが強く勧める全兵士クローン体(私の後宮)計画という無謀なプロジェクトは採用できない。ミネバ様のクローンを作った段階で言えた義理ではないが人道的にも資源的にも、だ。
そんな非人道的なことを堂々と大々的に行えば私は味方でいるつもりだが、世論はほぼ全て敵に回るだろう。もちろんアクシズ内の世論もだ。
そうなれば私もアレンもプル達も生きて入られまい……いや、もしかするとアレンがテラフォーミングやコロニーを作って辺境で隠れて住むことも可能かもしれないが……そういう未来もいいな。
それにしても……プル達の私への態度はなぜあれほど険悪なものなのか。
プルは覚醒してすぐにアレンとのじゃれ合いを暴力だと思ってしまったというのはわからなくもない。でもプルツーやプル3が私を敵対視している理由がわからん。
まぁそういう私自身もなぜかプル達が纏わり付かれているアレンを見ると心がざわつくのだが……これは何なんだろうか。
「ハマーン様、サインを——」
書類仕事が終わっても休まる時間がない。
引っ切り無しに面会の申し込みがやってくる。
摂政として1番曲者なのがこの面会だ。
軍人でも政治家でも権力を握った者はその権力は自身の力だと思い、それを誇示したくなる。その1つの形が私と面会するというものだ。
私としては特に用事もなく会いに来られると甚だ迷惑なのだが、これも摂政としての仕事なので仕方ない。
ただ、一部の人間はどうも私自身を狙っているような輩が存在する。ロリコンどもめ……まぁ、私自身を狙うと言っても正確には摂政の座を狙う者が大半だがな。
中には本当に私自身を狙う真性がいる……本当に危険そうな者は内密に親衛隊に頼んで何人か消してもらった……なぜかアレンは知っていたが。一体どこから知ったのだ?一部の者しか知らぬことのはずなのだが?
「ハマーン様、お疲れのところ申し訳ありません」
「構わん。シャアと私との間柄ではないか」
唯一面会で休まることがあるとすればシャア大佐ぐらいだろう。
以前のように素で話すことはできなくなったが、他の者達よりは付き合いが長く、戦友でもあるので気が楽だ。
「最近、ナタリーと会っていないそうだな。寂しがっていたぞ」
「何分忙しいもので……」
「それはわかるが、それでも時間を作るのが男の甲斐性というものだぞ」
アレンが言っていたから間違いない。
「ハッ、肝に銘じます」
「それで今回はなんだ」
軽い雑談を済ませて本題に入る。
「デラーズ・フリートの同志を受け入れるにあたって居住スペース拡充の件についてだ」
そういえばそろそろ派遣していた艦隊と合流したデラーズ・フリートがこちらにやってくる頃合いか。
そしてシャア大佐が心配しているのはおそらく部屋割り……正確に言えばタカ派勢力の拡大をどうにか防げないかということだろう。
今でもハト派は数で負けているのにデラーズ・フリートを迎え入れれば更にハト派は押し込まれることになる。
しかし、地球圏で連邦に対してゲリラ戦を仕掛け続けてきた猛者にハト派に入れ、というのは無理な話だ。
「その件に関しては既に話がついていたと思うが?」
「それがどうも拡充された居住区が予定より狭くなっているようなのだ」
「真か?」
「直に見てきたので間違いない」
アクシズは辺境ゆえに外から入ってきた者に厳しいが……まさか同志に対しても同じだとは思いもしなかった。