第四百八十八話
ハマーンは頭を痛めていた。
反乱分子の監視や人事異動など、ある意味地球連邦との外交よりも神経を使うものである。一歩間違えば内部分裂から崩壊までしてしまうのだから当然である……が、今、彼女の頭を痛めている要因はそれではない
「フロンタル。貴様は目立たないようにすると言った記憶があるのだが」
「……私も言った記憶があるな」
「ならば夢や妄想ではなかったようだな。……で、なぜMSシミュレーションで20人抜きなんて目立つような真似をしたのか教えてもらえるだろうか」
フル・フロンタルがシャア・アズナブル、キャスバル・レム・ダイクンであることを知られるには時期が悪いと正体を隠しているのだ。
にも関わらずこの所業である。
「こういうことは最初こそ肝心だ。怪しい人間は実力をある程度実力を示さねば、戦場では背中から撃たれることもある」
「という名目で負けるのが嫌だった、と」
「……ないとは言わない」
内心でため息を漏らす。
目の前にいるフル・フロンタルはこの世界のシャアよりも年上ではあるが、MSパイロットとしては舐められたままでは力を誇示したくなったのだろう。
「それを見ていた者達が貴様を赤い彗星の再来などと持て囃されているのは知っているな」
「……うむ」
「受け入れられたことそのものは歓迎できるが、これでは隠した意味がないではないか」
「大丈夫だ。私が本人だと気づかれたわけではない」
「そうは言うが一部の者からフル・フロンタルのパーソナルカラーを赤にして欲しい陳情が上がってきている」
「なぜ個人で決めるパーソナルカラーに口出しされなければならないのだ」
「やはり軍事面においてはトップが女というのは思うところがある者が多い。それに前線に頼れる存在が新たに現れたことを歓迎……と見せかけての潰しそうと企んでいるのだろう」
「ああ、重圧を掛けようというわけか」
有能な人間が現れた場合に周囲の人間が抱く感情は大きく分けて2つ。
憧れと嫉妬。
そして嫉妬に駆られた者達の行動は大なり小なり排除しようと動く。
今回のこともその一環というわけである。
これで陳情が通り、パーソナルカラーを赤とした場合、赤い彗星の看板を背負うことになり、更にはフル・フロンタル自身が誇示していると受け取られてしまう。更には素性を隠すために仮面を被っているのだから拍車を掛ける。
「まさか別の世界から来た当人だとは思いもしないだろうがな」
「反省していないようだな。アレン代表は整形にも造詣が深いようなので顔を変えてもらうか、ついでに色々イジってもらってはどうだ?DNAまで偽装できるかもしれないぞ」
「遠慮しておく」
一息の間もなく拒否。
誰が好き好んでマッドなサイエンティストに体を弄くられたいと言うのか。
ちなみにフル・フロンタルは反省したとは一言も言っていないことに注意が必要である。
「それで、あのR・ジャジャの乗り心地はどうだ。映像で見た限りでは問題ないようだが」
「気持ち悪いぐらい乗り心地がいい。前に乗っていたサザビーよりも、な」
自分のために設計されたはずのサザビーよりもこんな短期間で用意されたMSの方が乗り心地がいいというのは釈然としないものがあった。
「サザビーとはこの機体で間違いないな」
「……ああ、大体同じだ」
見せられたサザビーのデータを見てフル・フロンタル頷いて肯定する。
「アレン代表が言っていたのだが、このサザビーという機体はシャアに合わせた上で生存能力を高めるために重装甲としたために合わせきれていないそうだ。お前を思う気持ちが込められたMSだ、と」
(ナナイ……)
サザビーの開発を指揮していたナナイに目を閉じて思いを馳せる。