第五百二十八話
「味方が不甲斐ないのか、それともあの2人が化け物なのか」
本来指揮官たるものが下の者を不安にさせるような発言はしてはならいない。グレミー・トトもそれはわかっているが、つい思いが声となって漏れ出たが幸い声が小さく誰にも聞こえてはいなかった。正確に言えば、それどころではなかった。
ハマーン・カーンとフル・フロンタルの戦いはまさに獅子奮迅。
元は同じ軍だったのだから強さは十分に知っていたつもりだった。そして自軍の強さも把握しているつもりだった。
だからこそ最悪を想定して対策を練ってきた。
しかし、現実はその想定を遥かに厳しいものだった。
「トライ小隊、ゼント小隊全滅?!フル・フロンタルと接触して1分程度でっ?!」
トライ小隊、ゼント小隊は事前に入手していたシミュレーションデータや実戦データなどを基に特訓を積み重ねてきたハマーン・カーン、フル・フロンタル対策として専門部隊……だったのだが、他の部隊とそう変わらずに全滅した。
(ちっ、偽情報だったか?いや、だが幾度か見た限り偽というより――)
とある可能性が思考に過ぎる。
(――手を抜いていたのか?!)
とグレミーは考えたがそれは違う。所詮はパイロットとしては2流でしかない上にニュータイプでもないのでわからない。知ったつもり、でしかない。
1流という言葉すらも過小評価となる世界で5本の指に入る存在なのだ。データなどというものは過去の産物でしかない。
「フル・フロンタルには近寄らず弾幕で足を止めろ!ハマーンはファンネルの消耗させよ!」
フル・フロンタルなど所詮は将兵の1人にしか過ぎないので足止めに専念させ、ハマーンさえ落としてしまえば問題ないと判断したグレミーは練度の高い部隊をハマーンに当てるように指示を出した。
(フル・フロンタルの機体は機動性と運動性と引き換えに兵装が少ないのだから距離をとり、厚い弾幕を張れば抑えられるはず。ハマーンは……早く始末したいところだがプル達を出すのはファンネルを消耗させた後がいいだろう)
キュベレイの……というよりもファンネルの弱点は小型ゆえの視認性の悪さという長所と比例する耐久力の無さと多用してしまうと推進剤をキュベレイから供給されるという関係上どうしても推進剤が多く消費され、戦闘時間が短くなる。
(いくらハマーンが優秀であってもプル達のファンネルに囲まれて長く生きておれまい。それに――)
「ラカンにハマーンの周りにいるMS隊を抑えるように指示を出せ!」
キュベレイの性能がグレミーの予想よりも遥かに超えていることはすぐわかったが、それと同時にその優れた機体性能故に近衛隊が時間が過ぎていくほど一歩、また一歩と遅れが出ており、陣形が乱れていることに気づき、そこをラカンをぶつければハマーンを孤立させることができる可能性が高くなる。
「ラカン様から返信、抑えるのはいいが……別にあれを倒してしまっても構わんのだろう、とのことです」
「心強い回答だな」