第五十三話
シャア達が地球圏に向かって出発するこの日……シャアの顔に紅葉が咲き誇っていた。
おそらく最後の最後までナタリー中尉の説得ができなかったのだろう。
なんというか締まりがないな。
ハマーンは影で大笑いしていたが……見なかったことにしよう。護衛に付いていたイリアも同じ判断をしたようだ。
出産ぐらい立ち会っていけばいいものを……。
「後を頼んだ」
「私は一市民に過ぎんのだが」
「フッ、アクシズでそのように思っている者はいないさ。既にハマーン様の愛人と噂されているぞ」
「なっ?!」
驚きの声をあげたのは私ではなくハマーンだ。
「な、なんでそんな噂がっ?!」
素が出てるぞ。
「スクラップと称して資源を貢ぎ」
「う」
「アレンのMSを多く採用し」
「あう」
「困ったことがあれば真っ先に相談し」
「いや、その」
「そして何よりかなりの頻度でアレンの研究室に通い、しかも朝帰りの日まで」
「ちょ、それは違う!」
……確かに第三者から見たらハマーンが通い妻かホストにハマって貢ぐ女性のようにしか見えないな。
一応弁明しておくと朝帰りの理由はただたんに触手訓練で足腰が立たずにそのまま寝てしまうから……ん?文章にするとあまり弁明になっていない?
「アレン、その気がないなら早い内に決断しろ」
シャアは真剣な眼差しで私に語りかけてくる。
その言葉を聞いたハマーンの身体はビクッと跳ねる。
「それはハマーンのことか、それともアクシズのことか」
「もちろん両方だ」
「……助言はありがたく受け取っておこう」
つまり、ハマーンを検体と見るか、アクシズのトップとして見るか。アクシズのために働くのか、あくまで自身のために働くのかを決めろということだろう。
ところで……なぜハマーンは顔を赤くしているんだ?
「前向きに考えておくとしよう」
正直自分勝手に行動するのも楽しく、楽ではあるのだが面倒なことも多くなってきた。
設備の製造から部品の製造、そして本体となる物の製造、最近はその大本となる資源の採掘まで手を出している。
採掘に関してはプル達が頑張ってくれているし、待ち時間も開発などで有意義に使えていると思っているが逆に言うと開発しか行えず、クローンの研究や実験はできていない。
アクシズに所属すれば人を借りることができるようになる。具体的に言うとイリアとか。
イリアは軍属であるために私事に使うことができない。採掘船の運転を任せることができないのはこのためだ。
もっともイリアはハマーンの護衛という重要任務もあるため、あまり借りることはできないだろうが。
ただ、軍属となれば今まで以上に物資の融通はしてくれるのは間違いない。
それだけでも十分なメリットだ。
何より、今の状態でクローンの存在を世間に知られれば私個人が非難の的となるが軍属となればアクシズ自体が盾となり、逃げ出す時間や抵抗するための準備ぐらいの凌ぎには使えるだろう。
デメリットは嫌な命令でも聞かなくてはいけないこと……デメリットがでかすぎるな。
ところでハマーンが期待の目で見ていると思ったらイリアが何かを耳元で囁くとあからさまに落胆していたがどうしたのだろうか。
シャア達が地球圏に向けて旅立った。
それによって起きた変化は割りと大きかった。
ハト派であったとはいえ、その実力と容姿とミステリアスな雰囲気が相まって人気があったシャアが居なくなったことで現在のアクシズで大功績をあげているアナベル・ガトーと若くして摂政を務めるハマーンの人気が更に高まることとなった。
そのせいかどうかは知らないがアナベル・ガトー中佐はストレスを感じているらしくプル達との模擬戦には容赦がなかったりするがそのあたりは気にすまい。
アナベル・ガトー中佐とカリウス・オットーには急ごしらえにザクIIを現行の技術を投入した機体を生産した。このザクIIは急ごしらえなだけあって名前はない。
2人は個人がMSを生産して所有している事実に若干引かれたが、自分達のMSが手に入る喜びの方が勝ったようで何か言うことはなかった。
このザクIIはほとんどを流体パルス式ではあるが、流体パルスアクセラレータの搭載で高機動を実現し、部分的にはフィールドモーターを使い、当然マグネットコーティングを施した。
更に装甲は表面は超硬スチール合金ではあるが下地としてガンダリウムγを使用したので重量や耐久性を向上させ、もちろん耐ビームコーティングも施している。
GP02のジェネレータを搭載していたり、GP01fbのバックパックについていた大型スラスターユニットとそれによって燃費がかなり悪いのでガーベラ・テトラの取り外し可能なプロペラントタンクなどを装備している。
武装は標準装備にビームライフル、大型ビームライフル、ジャイアント・バズ、ロケットランチャー、シールド大中小、MMP-80マシンガン、クラッカー、ヒートホーク、ヒートサーベルなど様々のものを用意した。
ちなみにこれらの武装はさすが私自身が用意するのは無理だったのでハマーンに頼んで借りたものだ。
「……勢いでやっちゃいましたけど……これって明らかに次世代のMSですよね」
「資源に余裕ができたら使い切る癖は直した方がいいのだろうな」
「現実逃避しないでください」
総推力が約290,000kg……既に人間が耐えられるものではないぞ……どこからか殺人的な加速だ!という声が聞こえた気がする。
いくらGP01fbより重い機体とは言ってもこれは……。
「明らかにオーバースペックですよね」
「大丈夫、ソロモンの悪夢なら耐えられるはずだ」
「ガトー中佐は人間ですよ?」
プル達ならG自体は耐えられるだろう。
しかし、満足に操縦ができるかと聞かれると……おそらく不可能だ。
「耐G処理をしようにもスペースはないか」
「……まさかあの耐Gスーツを?」
「いや、さすがにあれほど無駄な機能が満載の耐Gスーツなんて必要ないだろ」
(自分で作っておいて無駄な機能って)
さすがにMSの装甲を貫こうと試みたパワーは必要ない。
「……大人しくスラスターをもう少し控えめにするか」
「それがいいと思います」