第五百三十一話
「マシュマー様に取り付かせるな!」
交戦していたスペースウルフ隊の動きが変化し、その変化がマシュマー・セロを狙うものであることを直ぐに察知したイリア・パゾムは周囲の部隊に指示を出す。
(マシュマーがラカンを抑えているから拮抗しているが、ここでマシュマーが敗れてしまえば形勢が傾く。ハマーン様が完全に孤立してしまう)
ハマーンが現状孤立しているのは間違いないが、引こうと思えば引ける程度の孤立でしかない。
しかし、マシュマーが倒れてしまえば退路の確保が難しくなる。
(ハマーン様とあのキュベレイならそう容易く負けはないだろうが、退路がないというのは精神的に重くのしかかる)
オールドタイプでもそうだが、ニュータイプのパフォーマンスは精神に依存する割が大きい。兵器の操作そのものが精神に依存しているのだから当然だ。
故に、切り抜けることが可能であるとしても戦場というのは何が起こるのかわからない。どんな存在でもたった1発の銃弾によって命を散らす可能性があるのが戦場である。
単独で戦っている現状を考えれば――
「親衛隊!今この時に活躍せずなにが親衛隊かっ!意地を魅せてみよ!」
イリアの現在の任務はマシュマーの監視ではあるが、この局面においてはそれどころではない。
そもそもマシュマーは忠誠心は誰よりも強く、強化を施したことで不安定になっているから監視しているにすぎず、優先すべきはハマーンの命である。
(ハマーン様。今お側に参ります)
激闘と言える戦いを繰り広げるマシュマー、イリアとラカン達ではあるが――
「グレミー様!このままではっ?!」
「わかっている!」
MSよりも高性能なセンサーを備え、後方から観測する戦艦のモニターに映る戦局は一部が異常としか言い表せないものとなっていた。
もちろんその一部とはハマーン・カーンとフル・フロンタルの周囲である。
その2人の周りにはポッカリと不自然な空間が移動しながらも形成されている。
それは広大な宇宙空間だから、というものではないのは自明の理。
射程に入る敵を次々と消し去っているのである。
(くそ。なんだあの戦い方は?!フル・フロンタルはともかく、キュベレイの戦い方じゃないだろう!!)
ファンネルを多用させて推進剤の枯渇を狙っていたグレミー・トトだったが、それに反して……いや、ファンネルは多用してはいるのは間違いないが、機動戦力として使わず、追従する移動砲台という扱いであるため推進剤の消費が少なくなっているのだ。
そして作られた空間とは有効射程に入るMSを瞬く間に殲滅していく。
(プル達を出すか?しかし、今の状態で向かわせるとなるとクィン・マンサでなければ二の舞いになりかねない)
プルツーの乗るクィン・マンサは正真正銘グレミー・トトの切り札である。
ハマーン・カーンにぶつけるのに抵抗があるのはその切り札に不安があるからだ。
戦闘能力に関しては全く心配していない。
しかし、ハマーン・カーンの戦いを見ているとその不安が致命的になる可能性が高いために投入に踏み切れずにいる。
クィン・マンサは一応の完成したMSではあるが、一年戦争最大のMAであるビグ・ザムと同類の弱点が存在する。
それは継戦能力だ。
ビグ・ザムは冷却に問題があり最大稼働時間で20分と短く、戦闘を行えば更に短くなる。
クィン・マンサは通常機動ならば稼働時間は1時間以上と問題にならないが、戦闘となれば、その兵装の多さと火力の高さが仇となり、敵が強ければ強いほど交戦時間が伸び、稼働時間を縮めることになる。
つまり、ハマーン・カーンと戦えばその稼働時間は幾ばくほどか、その上――
(クィン・マンサを動かせば間違いなくフル・フロンタルは合流に動くだろう)
プル達を投入すれば負けることはないと信じるグレミー・トトだが――
(くそっ、あのミソロギアとかいう部隊さえいなければっ!!)
予備戦力として後ろに控えるミソロギアの艦隊が嫌でも視界に入り、投入するのを戸惑ってしまう。
(ハマーンを討てば瓦解する……はずだが、あの艦隊はハマーンが孤立しているというのに砲撃しかしてこない。それもなぜか開戦から遅れて……余裕があるはずもないこの状況で、だ。ハマーンに不満があり裏切ったというならそれでいいが、もし指示されて動かないのであれば、動くのはこちらのニュータイプ部隊が動いた時の可能性が高い)
どう動くかはわからないが、動くタイミングはそれ以外にないだろうとグレミー・トトは考えた……が、真実はまさか観戦に来ているだけとは思いもしないだろう。