第五十五話
ハマーンの訓練はほんの少しだけ猶予を貰った。
どうせ訓練を行うなら最近完成間近であるトゥッシェ・シュヴァルツに搭載予定の新しいビット、ファンネルのテストも行いたいからだ。
最初は——
「トゥッシェ・シュヴァルツは可愛くないから嫌」
——と日頃のドSモードは何処へいったのか、年相応の文句を言っていたが、シュネー・ヴァイスで模擬戦などしては乗っているのがモロバレであるし、他の機体では満足な訓練にならないと何とか了承させた。
そもそもシュネー・ヴァイスの後継機に近いトゥッシェ・シュヴァルツの方が高性能だったし、私達がもらってからかなり改造しているし、ザクN型のデータを基にしてハマーン専用機のテスト機として完成しつつあったからな。これに乗ってもらえないと困るところだった。
ちなみにハマーンは摂政になってからは風聞が悪くなるという理由で私のところの検体ではなくなっている。そして検体でなくなったことからシュネー・ヴァイスは必要ないということになり、現在は兵器開発部の管轄となっている。
あちらもあちらでハマーン専用機を作るそうだ……まぁ軍にも研究所にも企業にも属していない私達がアクシズのトップの機体を作ると言っても納得出来ないだろうことはさすがの私でもわかる。
まだ未定ではあるがあまり遠くない内にコンペティションを行うことになっているが……負けるつもりは微塵もない。
「……私の専用機は可愛く作ってね」
「もちろんだ……というか設計図を見せたと思うんだが?」
「アレン達が作るとなると脱線して最後には違うものになってそう」
……その言葉を否定できずに目を逸らす。
「それにしても随分疲れているようだな。喋り方が素になっているぞ」
「ええ、本当に疲れてるわ……俗物が」
最後の一言に怨念が籠もっているが、今のハマーンは昔流行った垂れたパンダのように垂れているので迫力がない。
しかし体裁を取り繕うことすらも億劫なほど疲れているとなると色々と問題が起こる。
ストレスによるニュータイプの訓練というものは急性的で強烈でなくてはならない。慢性的なストレスはある種の慣れが生じてむしろニュータイプではなくなり、ただ単なる精神的に病んだオールドタイプになる可能性がある。
こういう時は——
「私が何か——「ショートケーキッ!」——また面倒なものを……」
またイチゴを探しをしないといけないのか……。
「せめて中は他の果——「イチゴonly」——」
いや、私もショートケーキに使われる果物は全てイチゴであるべきだとは思う。思うのだが……作る方としてはこれほど面倒なものはない。
「ハァ……わかった。近いうちに用意しておく」
「さすがアレン、頼りになるわ」
GPシリーズ……正確にはガンダム開発計画というらしいが、その資料を改めて見直してみるとあることに注目した。
それは初代ガンダムより受け継がれていると言われているコア・ブロック・システムだ。
コア・ブロック・システムとはパイロット脱出装置の一種あるのだが、それが戦闘機としての側面もある。
ジオンでもジオングなどはコクピットを頭部に配置することで似たような機能を持たせていた。
このシステムは今のアクシズに必要なものではないかと思う。
開発元である連邦が用いた理由はパイロットの生死……ではなく、MSの運用データの回収のためであったらしいが……さすがの国力。人的資源の回収ではなく、データの回収とは恐れ入った。その非人道的な部分がジオン公国を生み出したのだが、結果的にそれは勝利に導いたのだから間違っていなかったのだろう。
そしてアクシズには足りないものが数多くあるが、1番補充、補填することが難しいものである人間の、つまりパイロットの生存率を高める必要性がある。
しかし、足りない尽くしのアクシズにはコア・ブロック・システムのような自走で帰還できるようなシステムを用意するほどの余裕はない……そもそも国力に余裕があった連邦すらも断念しているのだからアクシズができる道理がない。
となると自走は諦め、脱出と生命維持に特化させるべきか……いや、宇宙に限っての運用ならば少しの推進力である程度の帰還も可能か。
これを行うとするとコクピットの構造を大きく変える必要が出て来るな。
それに、これを実行するならば兵器開発部と摺り合わせも必要になるだろう……私が出ていくと面倒なことになりそうなのでハマーンの発案ということで開発させるか。
「そういえばGP03の中身のMSはちょうど球形でしたね。確か全天周囲モニターとかいう無駄に豪華な操縦席の……ああ、それと最近まで気づかなかったんですけど操縦席自体に耐Gが施されているようなんですよ」
「……なに?」
…………本当だ。全天周囲モニターにリニアシートか……なぜ今まで気づかなかったんだ。
これがあればザクIIN型も初期状態で……いや、無理か。耐Gとしては普通のコクピットよりは優秀なのは間違いないが、変に耐えれる分だけ軽減できるGを超えた時が怖い。特に急旋回などは掛かるGがとんでもないので多少軽減された程度では人間は耐えられない……まぁイリアとプル達が扱う分にはいいかもしれないがな。
「さすがに私達2人だけの研究となると盲点が多くなりますよ。それにアレン博士は忙しいですし、私もサイコミュとハマーン様の専用機の開発で手一杯ですし……」
「スミレはそうだっただろうが、私は採掘中に見直す時間があった。これに気づいて然るべきことだ」
くっ、このような凡ミスがあろうとは……GP03の大きさ、機動力を考えれば何かあるとわかっても良かっただろうに……しかし、これで人的な限界で行き詰まっていたMSの機動性、加速性の上限があがったのは間違いない。
近いうち次世代の量産機が完成するだろう。
……あ、もしかして兵器開発部に遅れをとったか?