第五百五十二話
そこにはキュベレイが存在した。
だが、それは本当にキュベレイとはハマーンには思えなかった。
頭部は間違いなくキュベレイのものではあるが、それ以外は明らかに異なる物となっていたからだ。
まず大きさからして違う。キュベレイよりも大きく、そして何よりバインダーの作りも違い、4枚のそれらはMSを包むように覆うほどのサイズとなっている。
『この機体はサイコフレームの運用するために作られた名前すらない試作機の1つだ』
謎の声……まぁアレンなわけだが……は手早く解説する。
名も無き試作機ではあるが、ベースはキュベレイ・ストラティオティス、MSのフレームやバインダーの構造体を全てサイコフレームで製造した機体だ。
試験内容はサイコフレームの総量によってハッキングに対するセキュリティ強化となるか、パイロットへの負荷の増減の計測するためである。
ちなみに身体が太くなっているのは試作機ゆえに万が一の事故に備えて装甲を厚くしたためだ。サイコフレームはコストが掛かるのであまり試作機を多く作りたくないのだ。
『サイコミュはハマーン閣下に最適化しているので普通に動かす分には問題はないはずだが、戦闘となると支障があるかもしれんので注意するように』
試作機とはいえ、ベースであるキュベレイ・ストラティオティスの性能そのままに作られているためにその性能は改良されたキュベレイとでも比較にならないので機体に振り回されるのは確定した事実である。
『それにしても……パイロットスーツを着ないのはいただけないな。いらぬ手間が掛かったぞ』
歪んで開かないコクピットを素早く切り裂き、触手を操りハマーンを試作機の中に引き上げることに成功したが、苦言を呈すとハマーンは目を泳がせる。
『操縦はサイコミュコントロールで行う。使いこなしてみせろ』
サイコミュの設定こそハマーンに合わせているが、ミソロギア内での試作機である以上、仕様は全てミソロギアの基準で作られている。
『コツは最高の己を描くことだ。そうすれば機体が応えてくれる』
「フガフガッ!!」
もちろん限度はある。しかし、機体の限度を超えるのはそもそもハマーンが未強化である段階で肉体が保たないどころか死ぬことになるので気にする必要はない。
『よし、治療も終わった』
「ゲホゲホッ」
ハマーンは控えめにみて重傷であったため、アレンがコクピット内の触手を操り、手足を拘束し、有無を言わさず口から侵入させて蹂躙……もとい損傷した内臓の治療と折れた骨の修復、そしてストレスで荒れていた胃をケアして万全のものとした。
「治療はありがたいが――ゲホ――大事ななにかを失った気分だ」
『わからないなにかを失った程度で身体が治るなら問題ないな。それとももう1つの穴から治療した方がよかったか?』
アレンの言葉にまるで子供が嫌々と拒否するようにブンブンと頭を左右に振って否定する。
まぁもう1つの穴というのが肛門であるのだから一部の特殊な者以外は好き好んで選ぶことはないだろう。もちろんハマーンも選ぶことはない。
こうしてなぜか戦場のど真ん中で貞操の危機にあったハマーンはなんとか脱して……口からでも十分絵面的にアウトだったが……戦場へと意識を向ける。
『では、検討を祈る』
「この借りは必ず返す」
『それは先程の所業をやり返すのか、それとも恩を返すという意味か……どちらにしろ楽しみにしておこう』
アレンへの借りなど怖くて仕方ないが背に腹は代えられないと心中でため息を吐きながら改めてコクピットを見て回る。
「操縦桿で操作しないというのは違和感があるが――やってみせるさ」
その声に応えるかのように名も無き試作機の瞳が力強く光り輝く。
「フッ、短い間だがよろしく頼むぞ」
この試作機はヘッドがキュベレイではあるが、別の世界ではNZ-666クシャトリヤと呼ばれる機体に酷似したものとなっていた。