第五百七十三話
「未然に防いでくれたこと、感謝する」
「対価は受け取っているから気にする必要はないが……気になるようならプル達に差し入れでもしてやってくれ」
契約外に報酬を求めるのはいいことではないと思っているが、このところ契約内容が大きくなりすぎてハマーン閣下は負担を感じているようだから少し発散させてやるべきだろう。
「ああ、そうさせてもらおう。甘いものでいいだろうか」
「大半は甘いものが好きだから問題ないだろう」
「そういえばこっちのハマーンはコーヒーが苦手で紅茶を好み、ショートケーキやチョコレートケーキなど王道が好きだが……ハマーン閣下とは好みが違うようだな」
「ほう、随分と趣好が違うな」
「そんなことまで私が関わっていたとは思わなかった」
確かには褒美としてよく好物を作っていたが――いや、そうか――
「辛味や苦みを好みようになるのは味蕾の劣化によるところが大きいが、私が調整しているからそれが起こらないのか」
同じようにプル達も全体的には俗に言う子供舌であるのはそれ故だったのだろう。そういえばジャミトフも趣好が変わっていたな。あまり重要視していなかったので見落としていた。
となると食料はもう少し偏らせてもいい……あえて苦手なものを増やして好物を褒美とする方が上手くコントロールできるか?……いや、食い物の恨みは怖いのは古の時代から変わらない真理だ。訓練として行うならともかく、日常的にストレスを与え続けると反発された時に大きくなる。
それにそこまでしてコントロールするまでもないか。
「つまりハマーン閣下の趣好の変化は老化――」
「ほう、アレン代表は私に喧嘩を売っていると判断していいのかな」
「ふむ、そういえばこの手のやり取りは随分前から形式的なやりとりになっていたので忘れていたな。すまん。老化や加齢にコンプレックスを抱くのは非可逆的だからだが、ミソロギアでは遡ることが可能となったのでな。お望みならば舌だけでも若返らせるが?」
「……ついでにと色々と弄られそうなので遠慮しておく」
「ストレスで調子が悪くならない、滞留便とは無縁の内臓に取り替えようと思っていたのだが」
「心配りだけはありがたく受け取っておこう」
人間というのはなぜか最善だとわかっているのにそれを選択できない困った生き物だと改めて思う。