第五百七十八話
「フッ!」
声とも息と判断がつかない音と共に男の頭部はホラー映画の一場面のように360度を超えて回り、一拍おいて身体が崩れ落ちた。
「この化け物が!!」
襲撃者にアサルトライフルの銃口を向け――ようとするが、まるで銃口が磁石の同極にでもなっていると錯覚してしまいそうな反発しているかのような動作で避け、同時に対極でもあるように引き寄せられ――
「チィッ!」
銃口が追いついていないのだから当たるわけがないことを承知の上で引き金を引き、弾幕を形成――しかし、当たらないとわかっている射撃などちょっと危険なクラッカー程度にしか意味を成さない。つまりは無傷のまま近接戦の距離まで詰められた。
銃が当たらないと本能的に悟って無意識にナイフを引き抜いて近寄ってくる悪魔に突き込む。
「タァッ!」
それを迎撃するのは何の変哲もない拳だ……ただし、変哲もないのは見た目だけであり――
「ナァッ?!」
兵士の手には凄まじい衝撃が襲い、それは腕に伝わり終いには上半身まで負けて仰け反り、視界が天へと向く、そこには折れて宙を舞うナイフの刀身が目に入り――そこから先の未来を見ることは叶わなかった。
こうして連邦の特殊部隊が1つ消滅した。
「任務完了申請」
『……確認しました。新たな敵をいませんので受理します。お疲れ様でした。武装も触手も禁止されているので心配していましたよ』
敵は隠密行動であったためにミノフスキー粒子が散布されておらず通信が可能な状態である。
「特訓から比べればなんてことはないよ」
『病み上がりと聞いていましたし……問題がないようで安心しました』
「だいじょーぶ!この腕ならへっちゃらよ」
自身の失態で失った腕が創造主であるアレンの手によって新しく創り出されたそれは、プルシリーズの身体は元々人間の範疇のものではない。
しかし、彼女の腕は新たに拵えられた特別製であった。
「サイコフレームって便利だね……って安直に頼り切ったら怒られちゃうけど」
骨に代わりサイコフレームで構築された腕をグーパーと開いては握り開いては握り感触を確かめる。
「未来予測システムが単身で使えるなんて凄いよねー」
自身の力のみで視る未来よりも精度の高い未来予測が視えることで万能感に浸るが――
「これでもまだ上がいるんだから世界は広いね」
アレンという壁はこの技術を使ったところで上回ることができていないのが現実である。
腕に仕込まれた未来予測システムは艦艇や施設に搭載されるほど大型のものだが、サイコフレームを使用することで小型化に成功。
しかし、この未来予測システムは既存のものとは差が存在する。
そもそも今までの未来予測システムは戦略を視野に入れ、しかも宇宙を舞台にしている関係で視る範囲は広大なため大型なのに対して腕に仕込まれているのは有効範囲200m程度、ゲリラ戦であり、敵の戦力情報がわかっている状態だと負けはありえないと試験段階ではあるがアレンに実戦投入となった。
「それに生身の人間から発せられる思念や感情の流れ込んでくる量がめっちゃ多いから実戦だと有効範囲が広くて鮮明に視えるっぽい」
『では帰還後にレポート提出をお願いします』
「えー、面倒くさーい!」
『アレン総統にお伝えします』
「ちょ、ちょっとした冗談だよ!それに総帥は総統って呼ばれるの嫌がってるでしょ!やめたら?」
どこかの独裁者みたいで総統と呼ばれるのは嫌っていた。
それを知らないプルシリーズはいない。しかし――
『いっぱいいる姉妹の中でちょっと嫌なことをやめない子が1人ぐらいいる方がいいスパイスになります』
「……凄い姉妹がいたわね」
アレンのために、と教え育てられている自分達の中にこんな考え方をする子がいるとは思いもしなかったと狭い世界の中でも知らないことはあるのね、とある意味感心するのだった。全然見習いたいとは思わなかったが。