第五百八十五話
「う~ん……どうしたもんかなぁ」
「どうしたのお兄ちゃん」
「これからどうしようか考えてるんだ」
「えっと、もうすぐ実験の時間だと思うけど……そういう話じゃないよね?」
「ああ、俺達、このままここにどれだけいるか考えてたんだ」
「お兄ちゃん……(将来のことを考えるぐらい成長したのね)」
リィナが自分の兄が成長していることに感動しているが、その感動内容から考えると兄としての貫禄はまったくないことがわかる。
「このままここで世話になるってのもいいとは思うんだけど、なんかこう違う気がするんだよなー」
ジュドーは言語化できないミソロギアの空気、雰囲気を感じ取り、どこか居心地の悪い思いをしていた。
「そうですか?プルさん達がいっぱいで番号が名前というのは確かに違和感がありますけど私はそこまで……あ、もしかしたらお客様待遇だからかも?」
「どういうことだ」
「ここってシャングリラと違ってプルさん達がほとんどだし、評価をするのはアレンさん。それで多分お兄ちゃんはお客様から抜け出てないからプルさん達からちょっと距離があって疎外感を感じてるんじゃないかな」
「なんでお客様なんだよ。仕事もしてるじゃん」
「多分、その仕事じゃ最低限に届いてないか、本当に最低限でしかないのかな。ここってかなり特殊な社会だから……共産主義とか社会主義に近い感じかな。個人の利じゃなくて社会、組織のために皆が頑張る思想だから最低限の働き『だけ』しかしないと責められはしなくてもちょっと距離ができちゃうんじゃないかな」
「……言われてみればリィナやエルに対するのと俺とでは随分扱いが違うな」
「性別の差もあるとは思いますけど、もう1人のお兄ちゃんは馴染んでますからね。ここでは新人らしいですけど」
「つまり俺に覚悟が足りなかったのか」
「それは仕方ない面もあるんじゃないかな。その……元々私の治療のために取引をしたんだし……」
日頃はどちらが保護者なのかわからないほど厳しいリィナだが、さすがに自分のせいで交わされた契約によって強制的された現状となれば言葉が濁るのも無理はなかった。
「リィナはここにいたいか」
「今はいたいけど、将来のことを考えるとわからないわ。生活環境は今までとは違って快適だし、働きがいもあると思うけど……ここは道義的におかしすぎるもの」
人間のクローン、それを現代教育を受けている人が容易に受け入れることなどできるわけがない。
実際、前の世界のジュドー達はエルの身を守るためとはいえ逮捕歴がついてしまったことと世界を渡るという逃げ道を完全に塞がれた状態であるため受け入れるしかないという状況になってしまっているだけで思うところがないわけではない。
「でも、それはネオ・ジオンも連邦も同じなんだよなぁ」
ネオ・ジオンは同じようにプルシリーズが存在するので完璧に同じ。
連邦に関しては強化人間の被検体であるフォウ、ロザミアから……そして何より別世界ではあるものの自分の仲間と同じ存在であるにも関わらず強化処置を無理やり受けさせられたイーノの話を聞き、更には裏の世界や上流階級の考え方をジャミトフから教えられた。
「うまく隠しているかどうか、違いはそれだけなんだよな」
「私達も被検対象だってアレンさん達は言ってたよね」
「嘘を言わない、か……確かに怖い気配はしても嫌な気配はしないんだよなぁ」
スラム街に近い場所で生きてきたジュドーにとって周囲の人間は善良な人間の方が少なかった。
そんな場所で生きるには嘘や真意を見抜くことは必須であった。それが結果的にニュータイプ能力を鍛えることとなる。
その能力はアレンの力そのものの危険さを伝えてはいるが、騙すような気配は感じられなかった。
「ある意味誠実だよね」
「だから居心地は悪くはないんだけど……ここって世界が狭いんだよなぁ」
プルシリーズが人口のほとんどを占め、総じて若年であるため多様性がない。そのため、秩序のいい社会ではあるが、型にはまった社会とも言え、アウトローで生きていたジュドーにとって息苦しさを感じられずにはいられなかった。