第五百八十六話
「なんてちょっと真剣に考えてみたんだけどどうしたものかねぇ」
『こっちは今が大変だってのにそっちは将来の展望かよっ。羨ましいな!!』
ビーチャは自分とジュドーとの境遇の違いに、唾を地面に吐き捨てるフリをしてからため息を漏らした。
「どうかしたのか?なにか動きがあるのか」(まさかあのイーノみたいに強化処置を?!)
ミソロギアにいるイーノの話を聞き、アレンからはサイコフレーム――具体的な内容はジュドーが理解できないことと機密ということで説明していないがニュータイプや強化人間が扱える新兵器――が開発されたという話を繋ぎ合わせると嫌な予感がするのも自然なこと。
『なんか兵士じゃない俺達が軍艦に乗るのは問題があるって今更上層部が文句言ってきたんでブライト艦長殿が頑張ってくれてるんだと』
「――ッ」
ジュドーは聞いた内容に息を呑む。
なぜならアレンに近い内に起こる可能性の話の1つとして語られた内容をビーチャが言っているのだから当然の反応だろう。
そして行き着く先も語られていた。
(ニュータイプ研究所に連れていく気か?!)
ちなみにこれはニュータイプ能力でもシステムを使った予測でもなく、ただただアレンの予想を話しただけである。
(それで2つのパターンがあるって言ってたな。普通のパイロット兼検体としてニュータイプの訓練を受ける真っ当なパターンと実験体兼モルモットの外道パターン……実験体もモルモットもほぼ同じ意味だろってツッコミは無視されたけど……今はそれどころじゃないな。この通信は)
「ビーチャ。お前も含めて皆で気をつけろ!むしろ艦から降り――いや――」
(艦から降りたら拉致されるだけじゃないか?軍に所属してても手段を使ってるんだから何も繋がりがない地球で安全を確保なんてできるわけがないじゃん)
連邦に追われることがなかったとしても地球ではコロニー訛りはジオン公国を連想してしまうために嫌われている。ジュドー自身を始めビーチャ達の言葉にはコロニー訛りがあるので普通の生活を成り立たせるだけでもかなり苦労する。それに加えて未成年者の集まりで言動だけでも学がないことがわかってしまう。更に所持金もろくにない。
安心できる要素が何一つとしてない。むしろ信頼できる人という盾を捨てる愚行だ。
しかし――
(アーガマってエゥーゴだけど結局は連邦軍なんだよなぁ。どこまで圧力に抵抗してくれるかわからない……どうにかしてやりたいけど、今の俺じゃ何もできない――というか地球にもいけない。艦かMSを盗んで――なんてできるわけないしなー。というか死ぬな。俺が)
ニュータイプの実験や訓練だけでは精神の消耗が激しいということでMSや肉体を使った戦闘訓練も行われ、その相手を務めるのはプルシリーズだ。そして毎回毎回ボコボコにやられ続けているので勝てるイメージなど持ちようがない。むしろそんな幻が見えるとしたらアレンに目や頭部を直に調べられることになる。
(アレンに頼めば助けてくれるだろうけど――何を要求されるのか……いや、そもそも俺は何を持っているんだ?)
冷静に考えると今、手元にあるものは全てアレンによって与えられたものだ。リィナの命すらも助けられたという意味では与えられたものの1つと言える。
そして唯一と言える己自身ですら既に担保としている以上、対価として差し出せるものはない。
強いて言えば、更に過酷な実験に付き合うことだが、リィナが許さない――が、今はビーチャ達の命が掛かっているので許すかもしれない。しかし、これ以上過酷なものになると死ぬ、もしくは死んだ方がマシなレベルになるのではないかとジュドーは思い悩み――
「ビーチャ、命の保証がある実験体になるか、命の保証がない実験体になるのとどっちがいい?」
出した結論は、自分自身を売るのではなく、当事者の身を売ることだった。
『ハァ?!何の話だよ!それになんで実験体ってなんだ!実験体なんて嫌に決まってんだろ!』
「地球では今、ある才能を持ってる人間を拉致しているらしいんだ」
『俺にもその才能があるってのか』
「今世話になってる研究者の人がその才能を研究している人だから間違いない」
『つまり、連邦で研究されるか、お前が世話になってる人に研究されるかってことか』
「ああ、まだ確認はしてないけど、アレン……世話になってる人なら助けてくれるはずだ」
『しかしよ~。世話になるなら連邦の方が優遇されんじゃね?そっちは所詮個人だろ?』
「ニュータイプの訓練は後ろ暗いことが多いから連邦だと裏で研究されることになる。連邦が裏で研究なんて命の保証はないと思った方がいいぞ」
『そっちは大丈夫なのか』
「実験の時は大変だけどそれ以外は基本自由だから窮屈には感じないぞ」
『……もっと具体的に教えてくれ。でないと他の2人は納得しないぞ』
「わかった。何でも聞いてくれ」