第五百九十一話
慌ててアレンから渡されていた紫色でゴポゴポと湧きだつ、明らかに薬は薬でも毒薬、それも猛毒にしか見えないそれをビーチャの口に流し込んだ。
「ふごぉ?!」
喰らった拳の方が致命傷であるはずなのにそれをも凌ぐ衝撃敵な不味さと異臭で気絶から叩き起こされ、反射的に吐き出そうとするが残念ながらそれを許さぬほどの粘度を有しており、無理やり体内へと入り込んでいく。
ちなみに見た目や味や臭いはアレンの趣味の産物であり、その気なら無味無臭のものも作れるのだがこの場にいる者が知る由もなかった。
「これで内臓の損傷なら治るって話だけど……こんなんで治ったら医者なんていらない気がするんだけど……アレンだからなぁ」
「アレンだからねぇ~。それにしても酷い臭いね。早くスーツケースに詰めちゃいましょ。時間がないわ」
「エル、さすがにその言い方はないだろ。それにしてもなんでビーチャがこんなに……」
ジュドーとしては、いくら急所への一撃とはいえ、内臓を傷つけるほど力を入れたつもりはなかった。喧嘩なんて慣れたものだし、ビーチャともよく喧嘩をしていたのだからなおのことだ。
ミシロギアで多少鍛えたとはいえ、それでもおかしいように思えた。
「あー、あれじゃない?ほら、定期的に飲まされる栄養剤とか言ってるあれ」
「あれか。でも1日に1錠だぜ?さすがにこんなに効果があるのかねぇ?」
「アレンだから深く考えても仕方ないわよ。……ヨシ、ビーチャも収納完了っと。とっととおさらばするわよ。何だったらMSも盗ってく?」
「引っ掛けのつもりか。盗んだ瞬間にバレて船が帰っちゃうだろ」
「よしよし、冷静そうで何より!MSなんてミソロギアにいくらでもあるんだからね」
「いや、あれを盗んだりしたら殺されるだろ」
「むしろ死ねたら幸せだと思うわね!」
他愛ない会話をしつつも慎重に船へと向かう。
「このままならなんとかなりそうだね」
「おい、フラグ立てんな――ゲッ」
遠く離れたアーガマのいる方向からサイレンが微かに聞こえた。
敵襲ならいいが、タイミング的に見てジュドー達の存在が発覚したとしか思えない。
ただ拉致しただけなら行方がわからないだけでこんなに短時間で心配されるようなことはないが、悪いことにビーチャの吐いた血が床に付着し、それを隠蔽することもできなかったことで、何か事件が起こったと発覚しても不思議ではない。
「まだ俺達が発見されたわけじゃないから船は帰ってないよな?!」
「大丈夫!船は移動してないよ!」
事前に渡された端末で船が移動していないことを確認して足を早めるジュドー達。