第五百九十四話
「それって実質選択肢がないじゃない!」
身動きしないカミーユ・ビダンを連れて逃げるというのは現実的ではない。
となれば――
「連邦にカミーユ・ビダンを売り払うという手段もないではないぞ。幸いカミーユの両親は他界、親しい親族はおらず、更には意識までない。売ったという事実も認識できない」
「そんなことができるわけないでしょ!」
「そうだろうな。一応手段として存在すると教えたに過ぎない」
もしそんな選択をするようなら連邦が来る前に私の手で消してカミーユ・ビダンだけ連れて帰るところだ。
自分の身を守るために見捨てて逃げるならともかく、男女関係ではないようだが幼馴染であり戦友である者を売って利を得るなど信を置くに値しない。これが役職を持つ者で、生き残ることが最優先とする仕事というならまだいいのだがな。
ついでに言えば別に追い込んだつもりはない。ただ、ずっと連邦やファ・ユイリィ達を監視していたわけではない以上気づかないこともある。今回はニュータイプ狩りとジュドー・アーシタ達の行動がきっかけになって気付いたに過ぎない。
カミーユ・ビダンの現状は希少なサンプルだが、ファ・ユイリィの性格を同一存在で知っていることで引き込める可能性が低いと見積もっていたことも大きな要因だ。
「後2時間30分だ。逃亡するなら荷造りぐらいは手伝ってもいいが……そういえばいい忘れていたが、ビーチャ・オーレグ達は私のところで保護することになっている。」
「え?」
「彼らもカミーユ・ビダンほどではないにしてもニュータイプであり、エゥーゴは風前の灯火である以上は連邦が狙わない理由はない」
「それじゃアーガマは今……」
「現在はパイロットは1人しかいないが、近い内にカラバが合流するのに加え、連邦もネオ・ジオンも地球では軍を動かす気はないので問題はないだろう」
戦場となるとすれば宇宙だろう……ああ、いや、連邦は地球で動いていたな。私達に対して。
対処をプルシリーズに任せていることとあまりの弱さで嫌がらせにもなっていないので忘れていた……が、アーガマに関係しないのだから構わないだろう。
「よかった……わかりました。私達の保護をお願いできるかしら」
「一応説明しておくが、生活は常識的な範囲を保証する。治療行為とデータ収集は行うが、危害を加えたり、治療以外の用途での薬物の使用などはする予定はない。保護を抜けたい場合重要な何かが発見されない限りは事前に申請があれば基本的には問題ない」
「……随分丁寧な扱いね」
「世とは隔絶していて生活するだけなら困らないだけの基盤があれば他者をわざわざ苦しめる必要もないだろう」
「そう聞くと理想の世界のようね」