第五百九十六話
「さて、カミーユ・ビダンの本格的な診療の準備をしておかなくてはな」
精神が壊れるというのは本来現実という攻撃を受けて耐えきれないことで起こる。しかしカミーユ・ビダンのそれは他者の精神という今までにない攻撃手段によるもの。
通常通りのものなら受け入れがたい現実という記憶を誘導して忘れさせることが常套手段だが、本人由来ではない以上は記憶を誘導したところで意味を成さない。むしろさらなる崩壊を招くことになるだろう。
「カミーユの治療することに異論はないが、アレン……わかっているの?」
「何がだ、ハマーン」
「確かこの世界のフォウとロザミィは死んでいるのよね?こっちのフォウ達とあって大丈夫かしら?」
私としたことがうっかりしていた。
私達にとっては別人だが、カミーユ・ビダンにとっては戦死した……しかも自身を庇って死んだ思い人が目の前に現れることになる。更におまけに浅からぬ縁があるロザミア・バダムまでいる。
まだ治療ができるとは断見できない段階だが……面倒なことになりそうな予感がする。こちらのカミーユハーレムは問題ないだろう。多少はカミーユのモヤつくだろうが、それは一時的なものだろう。しかし、あちらのカミーユ・ビダンは言わずもがな、ファ・ユイリィも問題だ。
幼馴染で戦友、しかし男女の仲というわけではないが意識していないわけでもないという複雑な思いながら世話をしているというのに目覚めていきなり別の女に思いや結果はどうあれ夢中になるというのは気分が良くないだろう。
「どんな反応を見せるか興味はあるが……とりあえず、カミーユ・ビダンの治療とその経過のデータ取りが優先か。となると双方を離して管理するか」
コロニーが2基とオイコスと隔離するには十分な空間はあるので会わないようにするのは難しくない……が物理的距離が十分と言えない。カミーユ・ビダンは素質だけならトップクラスであるため、この程度の距離では互いの存在を感じ取ってしまう。
「仕方ない。しばらくカミーユ達は地球に張り付いてもらうか」
「そうね。カミーユ達は揃ってならどこでも問題ないでしょ。なんだったら例の地球観光に混ぜればいいんじゃない?ファの代わりもちょうどできたし」
「ファ・ユイリィの代わりがファ・ユイリィか、まぁここにいる限りカミーユの面倒を見る必要はないからな」
症状によってはカプセルか普通の個室という差こそあれ、私かプルシリーズが面倒を見ることになるからファ・ユイリィは暇になるだろうからちょうどいいだろう……多少味が落ちるかもしれんが、それはそれでいい経験になるだろう。