第五百九十九話
「戦争の足音が聴こえる……なぜ人間は平穏を享受できないのか」
アッティスを甘めに採点してギリギリ及第点という程度に動かしているハマーンが呟く。
「経済格差という言葉があるがあれは貧困の増加を問題とする者が多いが、私としては貧富の差によって生まれる意識の差の方がより問題だと思っている」
貧しければ下、富めば上。そういう意識が、差が生まれるほど強くなっていく。
そして政治家という職種は当然富を持つ者で構成され、貧しい者の声など聞こえなくなり……いや、雑音と煩わしくなる。
そうなれば、多少減った方が煩くなくていい、減ってもいいかという意識になるのも当然だろう。鈴虫が多少鳴く程度なら風流だが、集まればただ煩わしいだけ、虫は所詮虫と。
選民思想か、対極の無関心か、はたまた過ぎたる好奇心か――
「だからこんな無意味な争いを生むわけだ」
ネオ・ジオンの討伐というのは本来このタイミングで行うまでもないことだ。
グレミー・トトの内乱で屋台骨に罅が入っているネオ・ジオンは立て直すのに時間が必要だが、時間は連邦にこそ味方する。
未来からの新たな技術、まとまった数のニュータイプの確保、元々の国力の差、どれをとっても今動く必要性がない。
じっくり腰を据えて軽挙な行動さえしなければ被害も少なく、負けることなどありえない。
一年戦争前の地球連邦なら間違いなく単純な力ではなく権謀術数で戦うことを選択したはずだ。ジオン公国が独立を宣言した頃のように。
「連邦にはニュータイプは過ぎたる玩具だったか」
言うまでもなくニュータイプとは人間である。
人間を研究するとなると犠牲を出したとしても短時間で、となると難しい。そんなことは理解しているはずだが、連邦の上は新しい玩具で遊びたくて仕方ないご様子。
「全く、愚かにもほどがある……まぁ気持ちは理解するがな」
私も科学者だ。自身の生み出したものを試したいと思うし、使ってきた。
ただし、その火遊びを始めると自身まで燃え上がる可能性を考慮していないのだからやはり愚かであることに変わりない。
「時間稼ぎのつもりで情報を流したが、逆に早まるとは愚者というのは本当に……」
ニュータイプの居場所を連邦に伝えたのは違うアプローチで研究してほしかったこともあるが、ニュータイプがまとまった数が確保したなら研究や戦力化するのに時間を割き、ネオ・ジオンが立て直す時間が稼げるという計算もあったのだがな。
「シールドビットの操作が甘くなっている。それでは私はおろか自身すら守れないぞ」
「くっ、もう1回だ!」
「今度の戦いまでに間に合わなければMSで出てもらうぞ」
「アレンの予想では1ヶ月だったか」
「さすがに愚か者がいくら騒ごうがこれより早くなることはない」
いくらニュータイプがオールドタイプより優れているとは言っても兵士とするには相応の時間が必須だ。
MSの差があったとはいえ、素人同然の状態でシャアと互角に戦えるアムロ・レイのような存在はイレギュラー中のイレギュラー……ああ、でもカミーユもいたか……この世界のジュドー・アーシタもそうだったようだが……まぁそれほど数がいるわけではない。
それでも1ヶ月訓練を施せばそれなりに戦えるようにはなるだろう。サイコミュもサイコ・フレームもあるのだから当然だ。
「プル達とは違う大規模なニュータイプ部隊か……楽しみだ」
「私としてはもっと質を高めてからにして欲しいが」
もしかするとサイコ・フレーム搭載機が溢れかえる中で面白いなにかが起こる……未だ視えない未来の中にそんなことを期待してしまう。