第六百十一話
「さて、ハマーン。慣らしにはちょうどいい的がいる。フル・フロンタルの邪魔にならないように支援するように。当てられるなら当ててもいい。なんだったら褒美も用意しよう」
「え、ほんと?!」
「このようなことで嘘をついたことなどない」
「よーし。白い悪魔か黒い悪魔か知らないけど、やっつけてあげるわ!」
……煽っといてなんだが、恐らく当たらないだろう。
操縦技術はシャアの方が優れているが、ニュータイプとしての能力はアムロ・レイが優に上回る。
つまり、褒美に目が眩んだハマーンは感情の制御が甘くなり――
「――当たる気がしない、わね」
殺気が多く漏れ出てしまっているため、長距離からの狙撃となれば察知されてしまえば、それこそ黒い悪魔のようにひらりひらりと回避される。
とは言っても感情の制御が上手くできていないからこそ命中しないが、アッティスの操縦そのものは及第点を少し超えているあたり、やはりエースと呼ばれる存在はシミュレータなどより実戦でこそ本領発揮をする。
そういう意味ではプルシリーズは実戦が苦手としている。いや、正確にいえば若い個体の教育を効率重視した結果、経験と知識の乖離によるものであることは判明しているので時間が経てば解決されるものではあるが。
「あの気持ち悪さのおかげで視やすいのにっ!」
ハマーンの訓練でもあるので助言はせずに戦況の把握に務める。
全体的には連邦優勢、局所的に粘るネオ・ジオン。このままであればネオ・ジオンは敗れることとなるだろう。
しかし、まだ切っていない札としてはネオ・ジオンの方が多い。
連邦は最初から全戦力を投入して、抗う余地を残さず、素早く叩き潰すというシンプルな動きを見せている。
ひよっことはいえ、あれだけのニュータイプがいればそういう結論に至っても不思議ではない。
つまり、それに押されているとはいえ、即全滅を防いでいるネオ・ジオンの底力と言える……もっともこれも絞りに絞っての最後の一雫で、この戦いで勝ったとしても大丈夫か甚だ疑問が残るレベルだ。
「いっそ私達が乗っ取っちゃう?私もいるからやろうと思えばできると思うけど」
「乗っ取って得られるものが少なすぎる上にデメリットだらけだろう。わかりきったことを言ってないで集中」
「了解」
ちょっとだけ真面目な表情を作るとハマーンは姿勢を正して狙撃に戻った。
戦況を見ているとニュータイプ達はアムロ・レイとは異なり真っ当な成長をしている。つまり強化をほぼ受けていない。
アムロ・レイ以上に時間がなかったからことで軍人として最低限叩き込んだ、という者が多い。少数ながら強化されているのは精神性が戦闘に向いていないため矯正したといったところか。
「私としてはあちらが気になるところだが……私が言うのもなんだが連邦は本当に外道だな」
デルタカイというMSは被弾したわけでもないのに蒼い炎のようなものを発している。
ナイトロシステムと呼ばれるサイコミュシステムが起動していることの証であり、オールドタイプパイロットの脳を書き換え、強化処置を施し、サイコミュ兵器を使うことを可能するというなんとも趣味の悪いシステムだ。
人間にシステムを合わせるのではなく、システムに人間を合わせるなど私がやるならともかく国がそれをやってはダメだろう。
そしてトドメに脳を書き換えられると良くて障害、悪くて脳死というパイロットを使い捨てにするというコストパフォーマンス的にも悪い。
「これもジオンアレルギーとでも言うのだろうか」
ジオン公国以降も残党が活動を続けた結果、第2のジオン公国を警戒してこのような非人道的な兵器を生み出すことになったのかもしれない。